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DJ YUTAKA
ヒップホップDJ/プロデューサー
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インスタグラム@djyutaka
毎年初夏にリリースしているアルバム『Cali Life』。昨年に続き、第3弾『Cali Life3』を6月に発表したDJ YUTAKA。「このカリフォルニアの自然と環境のすべてをインストルメンタルで表現してみました。どこにいても、これを聴けばカリフォルニアの風を味わえるチルアウトサウンドになればいいなと思っています」

自身の音楽人生が始まったのは1979年。地元湘南の海でサーフィンに明け暮れていた高校生の頃だった。「『ジョン・トラボルタの映画『サタデー・ナイト・フィーバー』を見てDJに憧れたんです。ディスコシーンの端っこにいたアフロの黒人DJに目がいった。そのDJの音楽に合わせてみんなが踊って、フロア全体がシンクロしてる。DJってすごいなって思った」。日本に空前のディスコブームが到来。新宿のディスコのDJに弟子入りを志願した。「体育会系の修行。使いっぱしり、DJブースの掃除をして先輩DJの選曲やテクニックを横目で盗みました」。3年目には新宿界隈でナンバー1のDJに駆け上った。
1982年、本場のディスコカルチャーを求めてNYに渡った。現地の寿司屋で働き始めたが3ヶ月でクビ。犯罪や人種差別、荒れた街の中で、石を投げつけられあやうく大怪我になりそうな目にも遭った。そんなある日、訪れたディスコで初めての光景がDJブースから目に飛び込んできた。「レコードをスクラッチするDJのテクニック。それまでDJってレコードをミックスしてプレイするだけだと思っていたのに。これがヒップホップとの出会いでした」。日本に戻って最先端のスクラッチDJを見せた。時を待たずして日本にもヒップホップとスクラッチブームが来ると同時に、一気に音楽業界を席巻するDJになり、テレビ番組の出演にも引っ張りだことなった。
80年代後半、LAを中心としたウエストコースト・ヒップホップブームが巻き起こった。「東京でナンバー1だからLAですぐDJできるだろうと来てみたら、相手にもされなかった。LAで仕事もない、友達もいない、寂しさと絶望感、自分の弱さに負けて麻薬に手を出した。近所をハイになって歩いていると、あっちからハイになった黒人のケビンが歩いてきた。仲良くなってDJを見せたら、彼は興奮してぶっ飛んだ!めちゃくちゃうまいじゃん!て」。口をきいてもらい翌週にクラブでプレイしたら、店を興奮の渦に巻き込んだ。「麻薬で繋がったチャンスだけど、麻薬はダメ。今は辞めています。でも何よりも、ブラックコミュニティの中にアジア人の僕一人が飛び込んでいったこと。カルチャーも肌の色も違うオリジナリティが功を奏したんです」。昨年11月にはハーバード大学に招かれ、ヒップホップカルチャーに功績を残すアーティストらと共にパフォーマンスを果たした。これはヒップホップの歴史の中で、先駆者としてDJ YUTAKAの名前が刻まれた瞬間でもある。
(6/12/2024)
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