大きい組織より小さい組織で子供ひとりひとりの個性を大事に

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田辺咲祈
Saki Tanabe

グレンデール市イマージョンスクール小学校教諭

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婚約時の写真。「祖母に着物をもらいました。お気に入りです」。写真左は、夫のライアンさん。

 田辺咲祈さんの名前は「祈りが咲く」と書く。美しい名前だ。咲祈さんの父は牧師で、いつもキリスト教が彼女の近くにあった。彼女の名前から父の祈りが伝わってくるようだ。1991年、二人姉妹の長女として和歌山県に誕生。2歳のとき父の仕事の関係で渡米。その際、母方の祖母は父にこんな約束を取り付けたそうだ。「2年に1回は必ず私の娘と孫を日本に戻らせるように」と。だから咲祈さんは日本の風景にも詳しい。

奈良の文化財春日大社にて。妹と。

 越した先はアナハイム。日曜日には教会に通い、礼拝後は子供同士で過ごした。自身が幼いときは先生になりたいと思わなかったが、高校生のとき教会で幼い子供と過ごすうち「自分は子供のことが好きだ」と気付いた。それがきっかけとなり、高校生のとき和歌山の小学校で4週間のインターンシップを経験。担当したのは小1と小4で、水泳や英語を教えたり、一緒に勉強したりした。「日本とアメリカの教え方はまったく違うと感じました」日本の教え方はひとつだと感じ、アメリカは子供によって教え方が違うと体感。咲祈さんはアメリカの教育のあり方のほうに好感をもった。

近所の保育園で。「高校を卒業したあとボランティアをしました」

 キリスト教の教えのなかにこんなものがあるという。「子供は誰しも目的があってこの世に誕生し、そのまま愛される」彼女はこの考え方が非常に大事だと考えている。

「大好きな祖母と祖父です」電車にて。

 なぜ小学校の先生だったのかと問うと、こんな答えが返ってきた。「自分の通った小学校が好きでした。中学校はあまり好きじゃなかったんです。大きすぎる。私は小さい環境の方が好きですね」いわれてみればアメリカの中学校や高校は、生徒が科目ごとに先生の教室を移動し、授業ごとに教室のメンバーは入れ替わる。まるで大学みたいだ。咲祈さんは小学校の小ささを愛している。

 カリフォルニア州立大学フラトン校に進学し、児童・青年の発達学を専攻。大学院のプロジェクトでは二言語イマージョンプログラムについて研究した。自身の育った環境から他の言語を学ぶ子供にもともと興味があったからだ。イマージョン教育とは、バイリンガル教育のひとつの方法で、二つの言語を両方読み書きレベルまで育てようとするもの。算数や理科、社会、図工など学校の教科を二言語で指導していく方法だ。

高校生の時、和歌山の小学校でインターンをした。これがきっかけとなりアメリカで小学校の先生になることを決意した。

 咲祈さんは研究の一環で、日本語イマージョンプログラムをおこなっていたグレンデール市の小学校を見学。もともとは自身が卒業した小学校の先生になるつもりでいたが、見学先で「うちを受けてみない?」とスカウトされたことがきっかけで現在に至る。人生とはわからない。子供ひとりひとりの個性を大事にできる先生でありたいと願いながら、咲祈さんは今日も大好きな教壇に立っている。

(5/8/2023)

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