巨大ヘラジカ、ムースを探して in グランドティトン

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Vol.35 ▶︎ 家内に何がなんでもムースを見せてあげたい!

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耳元には、途絶えることなく続くプーン・プーンという羽音。半端な数ではない。周囲に幾つもの塊となって浮遊する蚊の群れは、霧のように見える。漂う塊の一つが事前演習でもしたかの様に、一糸乱れず連帯を組んでこちらに向かってくる。虫よけスプレーの鎧は全身にまとっているが、これほどの大群に効果はあるのだろうか。

ワイオミング州グランドティトン国立公園の南東部を流れるグロスベンター・リバー(Gros Ventre River) の畔。数時間前にパークレンジャーに教えてもらったお勧めスポットだ。時刻は午後8時を回っている。本当にムースは姿を現すのだろうか。両肩から背中にかけての痒みがぶり返してきた。昨晩、ティーシャツの上から、これでもかというほど刺された。吸血パーティーに参加していた蚊たちは、さぞ、腹を満たし満悦で夜の床に就いたことだろう。前日の教訓から、今日はウインドブレーカーを羽織っている。蒸れた肌が汗ばむ。蚊は汗の匂いに吸い寄せられて集まってくるという話を聞いたことがある。日本人の血は美味くないと伝えるすべはないだろうか・・・。 静かに流れる川の両岸にはムースが好みそうな植物が生い茂っている。向こう岸に目を凝らす。暗くなる前に出てきてくれるのだろうか?

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グロスベンター・リバーの開けた場所でムースを探す

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グランドティトンに来るのは、これで四度目になる。一度目はかれこれ30年前に独りで。二度目、三度目は家族と。五年ぶり四度目となる今回は、家内と二人でキャンピングカーの旅だ。四日前にロサンゼルス郊外にある自宅を発ち、道中一泊してソルトレイクシティーに到着した。昼過ぎに、事前予約していたキャンピングカーをピックアップ。途中、ボネビルソルト・フラッツに立ち寄ったあと、北上しグランドティトンへと向かった。キャンピングカーの機動性を活かして、ハイウェイ脇のレストエリアで一泊。二日前にグランドティトンに到着した。 ワイオミング州の北西部に位置する野生の動物の宝庫、グランドティトン、イエローストーン国立公園は家内と私の大のお気に入りの場所だ。これまでにバイソンをはじめ、グリズリーベアー、ブラックベアー、エルクなど様々な動物を間近で見てきた。唯一お目に掛れていないのが、北米でムースと呼ばれるヘラジカだ。 現生するシカ科の最大種で、大きいものでは体重800㎏、身長は2.5ⅿにも達するという。ビジターセンターにある剥製は、カバの体に頭部と細長い脚をつけたような大きさだ。とにかくデカい。1990年台にはワイオミング州内に1万頭以上いたと言われているが、僅か25年の間に3,500頭まで激減。近隣のアイダホ州、モンタナ州、ユタ州でも同様の傾向がみられるそうだ。

個体数激減には様々な原因がある。オオカミやグリズリーベアーといった肉食獣による影響は生態系の一部であり、やむを得ない気もするが、その他にも、極度の乾燥による森林火災や水辺の植物の減少といった気候変動が影響していると思われるもの。更には、キャロティッド・アーテリー・ワームという通常はミュールジカと共存する寄生虫によるもの。ミュールジカの体内では悪さを働かないこの寄生虫もムースにとっては命を脅かすものらしい。輪を書くように歩き続け死に至るという。我々人間も無関係ではない。自動車との衝突事故も多いようだ。 今回の旅の大きな目的の一つは、数少なくなった野生のムースを自らの目で見ることだ。特に家内は、最後にこの地を訪れた5年前から、次回は絶対ムースを見たいと言い続けてきた。彼女の夢をかなえるためにも、蚊の大群に襲われて全身蚊まみれになろうとも、ムースを見つけ出さなくてはならない。そういう私も、過去に野生のムースにお目に掛ったことはない。こんな理由から、夕刻の川沿いで蚊の大群に襲われながら双眼鏡を覗き続けている。先ほどまで傍にいた家内。今は百メートルほど先に停めたキャンピングカーの中で小休止し、虫よけを塗り直している。

塩湖が干からび残った塩の大地が果てしなく続く、ボネビル・ソルトフラッツ

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(10/26/2022)


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

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