まだ行ける!頭の中にはロッキーのテーマが鳴り響く

.

Vol.33 ▶︎ ボランティアの温かさとチキンスープが心に染みる

.

砂漠に降り注ぐ雨が体の芯まで冷す。2周目の折り返し地点で漸く大きなビニール袋を貰い、頭っから被ったが、保温効果は気休め程度だ。この寒さの中、未だ1.5周残っている。念願のアイアンマン、格好いいレース写真を期待していたが、現実はゴミ袋を被った理想とは程遠いい姿。 指先の感覚は既になくなっている。悴んだ手でパンク修理は不可能だ。ここで万が一パンクでもしたら・・・気持ちが萎えると、ついマイナス思考になる。時間が異様に長く感じられる。周りに選手の姿がない。皆どこへ行ってしまったのか。寒さを堪えながらペダルを漕ぎ続け、何とか制限時間以内にT2に到着した。震えは収まるどころか、更に酷くなっている。 T2の仮設テントで、用意しておいた栄養補給食のエナジーバーを頬張る。次いで離乳食のような塩入スイートポテトを口に含むが、飲み込むことが出来ない。慣れ親しんだ味の筈だが、耐え難い不味さだ。疲労した体が拒絶反応を起しているのか、それとも、頭がもう無理するなというメッセージを送っているのか。T2での栄養補給を当てにして、バイクでは主に水分でのカロリー補給をしてきた。

.

バイクスタート直後。どんよりとした空。この後、延々と雨が続く

.

ここで纏まったカロリー摂取しなければ、たとえ立ち上がれたとしても、直ぐに動けなくなるのは分かりきっている。DNF(Did Not Finish) が頭にちらつく・・・ やっとの思いで濡れたウェアーを着替える。少し寒さが和らぐが、手足の震えは未だ続いている。水が滴る靴下は履きかえなければならない。持参してきたのは、指つき靴下。後悔するが時遅し。途方に暮れながら、悴んだ手で靴下を履き替えるべく悪戦苦闘していると、先ほどのボランティアが近づいてくる。何と凍えた足を手で暖めてくれ、指つきの靴下を履かせてくれた。そして、「俺も同じような思いをしたことがある。気持ちは良く分かる。辛いけど頑張れ」の一言。靴下を履かせてもらい、暖かい励ましの言葉を掛けてもらって立ち上がらない訳にはいかない。辛いのは、みな同じだ。塩入スイートポテトは諦め、カフェイン入りのジェルを無理やり口に流し込む。残された力を振り絞り、最後の42kmのランの途へ着いたのはT2に入ってから15分後の事だった。 重い足を引き摺り走り始める。雨は小康状態だ。一旦走り始めると、体が暖まり不思議と力が戻ってくる。途中のエイドステーションで振舞われる暖かいチキンスープを口にする。俄然元気が出る。先ほどまでの惨めな濡れネズミは嘘のようだ。頭の中では、トレーニング中にいつも聞いていたロッキーのテーマがなり響く。すっかりご機嫌のランナーズハイ状態だ。悪天候の中で献身的に働くボランティアの人達に、大声でお礼の言葉を掛ける。数分前とは全く別人のような自らの姿。先ほどのボランティアの青年、そしてチキンスープは雨降るアリゾナの地に舞い降りた救いの神だ。時折、小雨がぱらつくが、気持ちは全く萎えていない。疲労でトボトボと歩くランナーを横目に、休むことなく脚を動かし続ける。 体は疲労困憊しているはずだが、気持ちは高揚し、疲れはさほど感じない。エイドステーションで水やスープを受け取る以外は、立ち止まらず走り続ける。膝が少し痛むが気になるほどではない。相変わらず、ロッキーのテーマは鳴り止まない。後は「You are an Ironman !」を目指して、ひたすら走るのみ。

.

アリゾナの砂漠では気温が50度近くまで上る事も珍しくない
.

.
.
.
.

ホームへ戻る
Nick Dの冒険大陸をもっと読む

.

(10/12/2022)


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。