「ピーカブー」という名のスロットキャニオン

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Vol.18 ▶︎ユタ州カナブ(Kanab)の20km、サンドストーンの大地

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サンドストーンと呼ばれる砂が堆積して出来た脆い岩の層。その岩の表面の小さな隙間に雨水が入り込む。流れ込んだ雨水は、柔らかな部分を削り、割れ目を作る。砂漠に降る雨は、時折濁流となり、小石や小枝などを伴ってその割れ目に流れ込む。浸食は少しずつ、然し確実に進行してゆく。 何百万年の歳月をかけて、幾重にも重なったサンドストーンの層に、独特な空間が作られていく。

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アンテロープキャニオンの幻想的な空間。下の方に砂が露出した様な部分が見える。

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時に、そこに風が吹きこむ。行き場を失った風は勢いを増す。砂漠の砂を含んだ強風はサンドペーパーの様に岩をこすり浸食を加速させる。こうして出来上がるのが、スロットキャニオンと呼ばれる、摩訶不思議な渓谷だ。 ユタ州南部は、世界でも珍しいスロットキャニオンの集積地だ。然し、多くは辿り着くために、特殊な登攀(とうはん)技術や長時間に渡るトレッキングを要する。その中にあって、アクセスの容易さ、そしてその美しさで群を抜くのがナバホインディアンの居住区にあるアンテロープキャニオンだろう。

 

パンデミック下、ナバホインディアンの居住地区であるナバホ・ネイションでは、新型コロナの感染が拡大し甚大な被害を受けた。外部との接触を最小限に抑えるため、Tribal Parkと呼ばれる、アンテロープキャニオンやモニュメントバレーは長期間にわたる閉鎖を余儀なくさた。 アメリカ合衆国政府は、これまでにネイティブ・インディアンの様々な部族と膨大な数の条約を結んできた。数百とも言われるそれらの条約、即ち「約束」の多くは守られることなく、ナバホの民を始めとするネイティブ・インディアンの一部は、極めて劣悪な環境での生活を強いられている。コミュニティーの絆を大事にするナバホの人たちは、感染症の影響を極めて受けやすい。それにも増して、果たされぬ約束として、長年に渡って放置されてきた、上下水道といった基本インフラや、医療施設の欠如などが、感染拡大の大きな要因となったのは疑いの余地もない。 午前9時過ぎ、軍用トラックのようなハマーの後部座席。揺れは激しいが快適だ。時折、深い砂にタイヤを取られドリフトする。ハンドルを握るのは、運転手のキャッシュ。苗字は聞いていない。

 

カナブ生まれのカナブ育ち。若いころに一度、町を出たというが、再びカナブに戻ってきた。この地が好きなのだろう。年齢は40歳と言うところだろうか?子供のころからユタ南部の砂漠を遊び場としてきただけのことはあり、見事な運転だ。 車が一台が通れるだけの細いダートロード。一方通行ではない。対向車両がくれば、ロード脇の砂深い所へ乗り上げるしか、すれ違う術はない。キャッシュ曰く、よそ者が安易に乗り入れ、スタックするのは珍しくないという。4WDであれば良いというものではない。レッカー代は、最低でも600ドルするそうだ。硬い土の表面を覆う砂の深さは1m以上はあるそうだ。ルートを見誤ればハマーでもスタックする。当然、タイヤの空気圧も調整してある。かなりのテクニックを要する。 ダートロードをひた走り、向かっている先は、ピーカブー・スロットキャニオン。家内に一度、スロットキャニオンを見せてあげようとここへ来た。 アンティロープキャニオンは、新型コロナ感染拡大により閉鎖中。 比較的アクセスが容易で、見応えのあるスロットキャニオン。それが、ピーカブーと言う訳だ。「容易」と言う表現が適切かどうかは定かではない。 アクセスの選択肢は限られている。

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ダートの入り口。車高の高い4WDが必要。AWDは役に立たないとの警告がある。

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愛車は4WDではあるが、砂地での運転には慣れていない。次ぐ選択肢はと言うとATVサンドバギー。ツアー会社に電話を入れたが、既にいっぱい。そんな事情からハマーの後部座席でキャッシュのお世話になっている。ピンクみのかかった細かい砂のダート、何度かスタックしかけたが、キャッシュの熟練の技で危なげなく乗り切り、漸く目的地が見えてきた。

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(6/30/2022)


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

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