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Vol.6 ▶︎コヨーテ吠える荒野のバスケスロック
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冬の太陽が東の空で昇るタイミングを見計っているかのように、遠慮気味にバスケスの岩々を照らしている。冷んやりとした空気と静寂に満たされたトレイル。走るリズムに合わせて、体中の細胞が生命の躍動を謳歌しているようだ。 時折、なぜ走っているのだろう、と考える時がある。西部劇のアウトロー達は追っ手から逃れるために常に走っていた。 私は元来、根性がないと言うか、物事を継続する事が苦手な性分だ。スポーツも同様で、学生時代の部活では、中学・高校ともにきつい練習に耐えられず途中で退部した。走り始めたのはひょんな切っ掛けからだ。遡ること10数年前。米国本土最高峰ホイットニー山へ登る誘いを受けた。一緒に行く仲間は皆フルマラソンをサブフォー(フルマラソンを4時間以内で走り切ること)で走るランナーたち。迷惑を掛けないようにと、トレーニングのために苦手なランニングを始めた。 決行日の直前に登山は中止となった。
バスケスロック周辺のトレイル。まさに西部劇の世界
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折角トレーニングに励んだのに・・・と、やり場のない気持ちを鎮めるために、勢いで申し込んだのが、近所で開催されるハーフマラソン。レース当日は10kmを超えたあたりから膝が痛みはじめ、最後は足を引き摺りながらゴールした。完走の喜びか、膝の痛みのせいか、ゴール後は年甲斐もなく泣いた。ハーフマラソンではあるが、今まで辛いことを避けてきた私にとっては一大事であり、達成感は極めて大きかった。ハーフの次は当然フル、ということで、数カ月後に控えていたロサンゼルス・マラソンに申し込んだ。つらいトレーニングを重ね、土砂降り雨の中で初マラソンを無事完走した。その達成感もさることながら、何事も途中で投げ出す半端モノだった自分が、マラソンランナーというアイデンティティーを得たことが、たまらなく嬉しかった。その後、殆ど泳げないにも関わらず、無謀にもトライアスロンを始めた。新たなチャレンジを成し遂げるたびに、自らのアイデンティティーは、マラソンランナーから、トライアスリート、アイアンマン、トレイルランナーと変わっていった。 パンデミックが始まる数ヶ月前、念願の100マイルを走り切った。レース前までは究極のチャレンジと考えていた100マイル。レース後、数日が過ぎ、足腰の痛みから開放された頃には、アドベンチャーランナーという、次なるアイデンティティーに思いを馳せる自分がいた。 数百キロと言う想像も及ばないような距離を走るアドベンチャーランナー達。彼らの中には、薬物やアルコール依存症に苦しんでいた者も少なくない。依存症に陥る人には、物事をとことん突き詰める性質がある。薬物やアルコール依存から逃れるために走り始め、皮肉にも走ることにのめり込んでしまい、次から次へと過酷なレースに挑戦するランナーも珍しくない。薬物と比較すると極めて健康的ではあるが、度が過ぎればランニング依存症と呼ばざるを得ない。
風は止むことなく吹き続ける ♬The answer, my friend, is blowin’ in the wind /ボブ・ディラン ♬
家族を顧みず、国内外のレースに明け暮れていたために、大事なものを失う羽目になった、という話も時折聞く。 What are you running from? という問いをよく耳にする。また、それとは逆に、What are you running for ? という問い掛けもある。何かから逃れるために走り、そして新しいなにかに向かっている。私自身「なぜ走る?」という問いに対する答えは見つかっていない。理想とする自分に少しでも近づくために走り続けていることは間違いない。「走ることは楽しいか?」と問われれば、楽しい瞬間はあるが、大半は辛いというのが答えだろう。また、「走ることが好きか?」と問われれば、ランナーである自分は気に入っている、と答えるかもしれない。 走っている時に、五感が研ぎ澄まされ、周囲がいつになく美しく見える瞬間がある。疲労を感じることもない。所謂、ランナーズハイ。「イン・ザ・ゾーン」 あるいは「フロー」とも呼ばれる状態だ。 丘の上にコヨーテが4匹。ランナーに警告を発するように、甲高い声で吠えている。時折襲ってくるタンブリングウィードを躱し、自然の営みを肌で感じながら走るトレイル。今日は「ゾーン」に入れるだろうか。 「なぜ走る?」今一度、問う。「答えは風に吹かれている」。その答えを風の中に探すべく、今日も走る。明日も走る。明後日は寒いからサボってしまうかもしれないけど、その次の日は、また頑張って走る。
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Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。