孤独の荒野・道に迷えば命の保証はない

Nick Dの冒険大陸

Vol.2 ▶︎Nick Dの現在地 16マイル地点のジョシュアツリー

今回のチャレンジの舞台となっているこのジョシュアツリー・トラバースは、カリフォルニア・ライディング・アンド・ハイキング・トレイルのオリジナル名が残る数少ないルートだ。10マイル(16km)地点。下り坂でスピードが上がる。こぶし大の鋭利な石が至るところに転がっている。踏めば足をくじく。躓いて転べば、石の角で大怪我をすることになる。スピードを抑えながら、バックパックの揺れを最小限に留める。足の付け根の痛みは、かなりシャープになっている。時折立ち止まって屈伸をすると、僅かの間ではあるが痛みが和らぐ。過去に、100km、100マイルといった長いレースを経験している。十数時間も走り続けていると、体のいたる所が痛み出すが、暫くすると痛みは一点に集中している事に気づく。おそらく脳内の痛みを感じる機能が麻痺して、一番強い痛みだけを認識するようになるのだろう。あと10マイルも走れば、足や膝も痛みだし、右脚の付根の痛みはきっと消え失せる筈だ。

分岐点を見逃さないように、気持ちを集中させる。私は、元来かなり方向音痴だ。トレーニング中に、近所の山で道に迷うことも珍しくない。自分の間抜けさにも慣れてしまった。然し、今回はそう呑気な事は言ってられない。広大なモハビ砂漠、更にその東側にはコロラド砂漠が広がる。一度、道に迷えば命の保証はない。まして初めてのルートだ。出発前には必要な装備のチェックと合わせて、地図を読み込み、入念な準備をした。分岐点や、そこに至るまでの距離・目印をメモし、ポケットに入れてある。時折それを取り出し、確かめながらここまで走ってきた。12マイル地点からは、2マイル程の上りが続く。その後は、中間地点である19マイル(30km)まで小さなアップダウンを繰り返す。その間、分岐点は3箇所の筈だ。

16マイル(26km)付近。風が強くなってきた。天気予報が正しければ、これから午後にかけて更に強くなる。幸い、南西からの風は追い風なので苦にはならない。右脚の痛みは収まるどころか、距離を追うごとに強くなっている。この程度の痛みに耐えるだけのトレーニングや経験は充分に積んでいる。然し、時折ふっと力が抜けバランスが崩れる様な感覚がある。尾根道での突風には要注意だ。単調なアップダウンと、果てしなく続く荒野。ルートは頭に叩き込んできたはずだが、東西南北、見渡す限り同じ景色で目印となるものはない。走り始めて5時間。誰の姿も見ていない。トレイルに残された足跡も疎らになってきた。このあたりに生息しているコヨーテやビッグホーンシープさえ姿を現していない。上空を舞う鷹。ジョシュアの枝を揺らす風。足を止めるとトレイルを蹴る靴音も消え去る。そこにあるのは絶対的な静寂、そして孤独だ。不安が頭をよぎる。分岐点を見逃していないだろうか。強風が不安を煽る。バックパックからナショオナル・ジオグラフィック製の地図を取り出す。8万分の1スケールの地図は野外では思いのほか大きい。無造作に広げる。強風。吹き飛ばされる寸前でなんとか捕まえた。地図の細部に目を凝らす。ルートからは外れていない様だ。

広大なアメリカのバックカントリーのトレイルでは人の姿は疎らだ。手付かずの大自然が残されており、そこで得られる孤独や静寂、そして自然との一体感。私にとって、かけがえのない物だ。然し、望んで手に入れたものが、常に喜びを与えてくれるとは限らない。今、現実のものとしてここにある孤独。右脚の痛み。藪に潜むガラガラヘビやサソリ。そして、視界の先に広がる無限の荒野。不安を増幅させる要素には事欠かない。残された距離は30km超。

ホームへ戻る
Nick Dの冒険大陸をもっと読む

 


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。