Vol.21 ホイットニー山 カリフォルニア州
10年前には17時間を要したホイットニー山登頂、今回は、往復の目標タイムを12時間と定めた。その一方、タイムを競うレースではない事は十分理解しており、朝焼けに染まる空や、4000メートル級の峰々の雄大さを時間に捕らわれる事なく、楽しんできた。出発直後の闇の中でこそ、目標タイムを気にしていたが、夜が明けてからというもの、刻一刻と変わる景色を目にし、12時間のタイムが、自分にとって何の意味も持たない事を悟った。ここまで、安全に走れるところを慎重に見極めながら駈けてきた。然し、それはタイムを気にしての事ではない。走る事によってのみ、見える景色がある。それを楽しむためだ。ランナーズハイと呼ばれるものか、体内でエンドルフィンなるものが大量放出されるためか、難しい事は分からない。然し、走る事に集中していると、感性が研ぎ澄まされ、周囲のものがいつになく輝きを放って見える事を、経験的に知っている。
下山の途中、ミラーレイクのビーチくつろぐ若いカップルに会った。2泊3日でのホイットニー山チャレンジの帰途だという。女性の方は4回目、男性の方も3回目のホイットニーだ。今回も、途中で高所順応を兼ねて一泊。2日目に山頂へアタック。途中まで下山し、もう一泊。ゆったりと過ぎる時間のなかで、大自然を思う存分満喫していた。幾度となくこの地を訪れ、知識豊富な二人。「ここには是非立ち寄るべきだ」、「あの湖は信じられないほど奇麗だ」、と惜しげも無い様々なアドバイス。タイムを気にすることが、如何に無意味なことかを、改めて気付かせてくれた。アドヴァイスを反芻し、ふと考えた。陽が高いうちに回れるだろうか? 今こそ、山道を走る術を身に着けているトレイルランナーの本領発揮だ。とりあえず駆けてみよう。目の前には、ヨセミテバレーを思わせる絶景が広がっている。三方をそそり立つ花崗岩に囲まれた湿原では、植物が、高地で生きる生命力を誇るように、緑々と輝いている。今朝、この辺りを通過したのは、おそらく午前5時頃だろう。10年前も往復とも闇の中だった。漆黒のベールに覆われていた景色が、今は燦々と降り注ぐ午後の太陽を浴びて、想像もしなかった色彩を放っている。何本もの小川が流れ、そのいくつかは滝となり岩肌を洗っている。広く開けた平野には、所々季節外れの花が咲き、赤い幹を持つ松の巨木群がそれを見下ろしている。
地球を走る
アウトドア・アドベンチャーのすすめ
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈けまわる毎日。
「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。