コービー島田: 一人の医師の歩みを追い続けた12年間 ドキュメンタリー映画『Dr. Bala』

 

コービー 島田
Koby Shimada

映画監督

     

ロサンゼルス在住の映画監督、コービー島田さん(写真右)。東南アジア諸国で医療技術支援ボランティアを続ける大村和弘医師の歩みを、12年間追い続けた長編ドキュメンタリー映画『Dr. Bala』が完成を迎えようとしている。
ウェブサイト: www.kobypics.com/drbala  
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fuミャンマー語で「力もち」を意味する「バラー」から、「Dr.Bala(ドクター・バラー)」のニックネームを持つ大村和弘医師。日本で医師としての仕事に従事する傍ら、2007年よりミャンマー、ネパール、カンボジア、タイなど東南アジアへの医療技術支援活動を続ける大村医師の道のりを撮り続け、長編ドキュメンタリー映画『Dr.Bala』が完成間近の映画監督、コービー島田さん。自宅のあるロサンゼルスから日本や東南アジアを行き来しながら、12年間にわたり大村医師を追い続けたドキュメンタリーだ。  

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日本の医師とアメリカ在住の映画監督。二人の出会いは15年前、共通の趣味であるラグビーがきっかけだった。「当時、日本の病院で救急救命科を専門に研修医をしていたカズ(大村医師)は1ヶ月の医学留学で渡米。彼はラグビーが趣味で、僕がプレイしているLAの日本人ラグビークラブに参加してきたんです。翌年、カズは東南アジアで住み込みでボランティア活動を開始。ミャンマーの団体『ジャパンハート』に所属して実際に患者を治療したり、他のNPOにも参加して教育の手伝いをしながら現地の状況を学びました。そんな中、僕たちは日本で再会。東南アジアの医療状況や、そこに立ち向かうボランティアについて熱く語るカズの話に惹きこまれ、ドキュメンタリーにしようと決めました」  

コービーさん(写真右)と大村医師

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当初、現地では耳鼻科の中でも鼻専門の指導医がほとんどおらず、技術も器具も不足、鼻の病気を抱える患者が増え続ける状態。2009年に大村医師は東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科に入局、鼻を専門に学び、技術を教えるボランティアの形へとシフトしていった。その後コービーさんも毎年、大村医師に帯同して現地で撮影を行うようになり、診療中や手術中、医師を取り巻く患者さんや街の様子まで、ずっとカメラを回し続けた。「日本では起こらないようなハプニングは日常茶飯事。手術中に停電したのは衝撃でした。内視鏡を使って鼻の中を手術している最中に真っ暗に!それでもカズは慌てることなく、懐中電灯を照らしてもらって処置を続けるのには驚きました」

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 大村医師が力を発揮して国の医療現場を前進させていく様子が、スクリーン越しに見てとれる作品『Dr. Bala』。現地の医師たちの成長はもちろん、日本からボランティアに参加する医師たちも、限られた機材や設備での手術に最初は戸惑いや難しさもあったが、年を重ねるごとに対応できる能力が付くなど成長している。「僕自身がこの作品を撮っていて感じたのは、人は、自分の好きなことに情熱を注ぐことにより、人を幸せにできるし、自分の人生をも輝かせることができる、ということ。自分に重ね合わせながらこの作品を観てもらえると、また違った形で楽しんでいただけるかなと思います」。

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作品のワンシーン。同作品では、日米で「クラウドファンディング」を11月末まで実施中。集まった資金は全て、制作資金や国内外の映画祭への出品や上映に使用される。
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(11/5/2021)

 

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