アメリカ101 第98回
「殺人事件が増加する一方で、強盗、家宅侵入罪といった一部の犯罪は減少」という奇妙な現象が新型コロナウイルス禍のアメリカの主要都市で起こっています。たとえばロサンゼルスでは、パンデミック前の2019年と比較して、殺人事件は今年8月中旬現在で46・6%も急増しているのに対して、盗難事件は36・4%も減少しており、LAPD(ロサンゼルス市警)や犯罪専門家の間でさまざまな憶測が見受けられますが、確固とした背景は不明です。
アメリカ全土を網羅した自治体警察組織の調べでは、今年前半の主要12都市での殺人事件は前年同期比で、オースティンが105%、サンノゼが47%、ニューヨークが37%、フィラデルフィアが34%、ロサンゼルスが29%、ヒューストンが26%と、それぞれ急増しています(シカゴ、サンアントニオなどでは横ばい)。ジョージ・フロイド事件を契機に警官による過剰対応への批判が強まり、警察が取り締まりに消極的になっているほか、殺人事件の多くを占めるギャング団抗争防止で警察が民間団体と共同で推進してきた黒人やラティーノのコミュニティーとの対話が中断となり、またパンデミックによる社会全般でのストレスの高まりや、司法制度全般での運用停滞や遅延などが指摘されています。
たとえば、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、人口規模が前述の12都市以下であるオークランドでは殺人事件が43%増ですが、ここでは「Ceasufire(休戦)プログラム」という、ギャング団抗争の防止のための同市市警とコミュニティー活動家による介入・仲裁の仕組みがパンデミックで停止状態となっているのが影響しているといわれます。また32%増というルイジアナ州バトンルージュでは、「Violence Interrupters(暴力阻止)」という官民組織があるのですが、活動中断を余儀なくされています。
ロサンゼルスも他の大都市と並んで殺人事件が急増している自治体です。いわゆる「ロサンゼルス都市圏」という広大な地域を網羅した統計はないのですが、凶悪犯罪が多発するロサンゼルス市の治安を担当するLAPDによると、8月14日現在の今年の殺人事件は239件です。1991年から3年連続で年間殺人事件が1000件の大台を突破、「全米で最も危険な都市」の汚名に甘んじた過去があります。その後は、警官の人員増や各コミュニティーとの対話促進などのさまざまな対策の効果で、2010年代には「最も安全な都市のひとつ」と言われるまでになりました。
しかしパンデミックで様相が一変しています。239件という殺人事件件数は、それ以前の2019年同期の163件と比べると実に46・6%増です。そして昨年同期(194件)比でも23・2%増で、加速的な増加となっています。事件の60%弱はギャング団抗争に関連したもので、ロサンゼルス・タイムズ紙がLAPLの犯罪統計を詳細に分析したところ、その犠牲者と加害者の大半がラティーノあるいは黒人という結果でした。
昨年1月から今年6月末までの1年半の殺人事件のうち、ラティーノの犠牲者が266人で、それ以前の同期比で46・2%増。黒人の犠牲者は192人で、同期比27・2%増です。そして白人は38人から40人に増加、5・3%増でした。ロサンゼルス市の人口比率は、ラティーノが49%で、犠牲者の比率は50%だったのに対して、黒人人口は9%であるものの犠牲者は36%と3分の1以上です。白人は人口比29%で、犠牲者比は8%です。1990年代から明らかになっている加害者統計でも、ラティーノ被疑者が50%、黒人が34%、白人が4%、「その他」が3%で、ロサンゼルスが犯罪統計でも、「ラティーノ・黒人」と「白人・その他」といった人種面での“分断”状況にあることを示しており、「多様性に富むロサンゼルス」の現実の厳しさを反映したものとなっています。
著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(8/27/2021)