林 賢冬 Kent Hayashi
スポーツエージェント(MXTO LLC/Founder CEO)
ロサンゼルスは何につけても恵まれた場所だ。雨や湿気の少ない爽やかな気候、海や山を有する豊かな自然、映画や音楽など芸術の最高峰といった世界のナンバーワンが集まる街。さらに今、全米や日本から注目度を高めている理由が、なんといってもプロスポーツだ。ご存じのとおり今シーズンよりメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャース入りした大谷翔平や、NBAロサンゼルス・レイカーズに所属する八村塁。加えて、メジャーリーグサッカー(MLS)ロサンゼルス・ギャラクシーに昨年より吉田麻也、今シーズンからは山根視来が加入。日本人のスポーツファンたちにとってロサンゼルスは、大好きな日本人スター選手が集結する「聖地」といっても過言ではないほど。
|| プロスポーツ界の〝仲介人〟スポーツエージェント
世界各国からの選手が活躍するアメリカで加速化するプロスポーツのグローバル化。その中で、重要な役割を担う存在がある。各国のプロ選手たちとアメリカのチームを繋ぐ〝仲介人〟の役目をする「スポーツエージェント」だ。ロサンゼルスで2022年末にスポーツエージェント企業「MXTO LLC(ミクスト)」を設立した林 賢冬さん。プロスポーツ選手とチームや企業との契約交渉、広告やスポンサーシップ契約などキャリアに関わる事項の管理が主な業務。会社設立2年目の今年は、ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍したワールドカップ2022カタール大会日本代表の山根選手の移籍交渉を務める。「今回の移籍に関しては、私はロサンゼルス・ギャラクシーのクラブエージェントとしての立場でサポートを行っています。山根選手が日本にいる頃から将来は海外でプレーすることを視野に入れていることを知っていたので、チームとの契約交渉を具体的に進めました。まず重要だと考えたのは、彼のサッカー選手としてのキャリアアップができること。また彼のご家族にとっても初めての海外生活になるので、安心して楽しく生活を送れることでした。アメリカでの活動がスムーズにいくようにチームのスタッフと連携を取りながらサポートを行っています」
エージェント業を始めるにあたりFIFA(国際サッカー連盟)よりライセンスを取得した。FIFAは2023年に仲介人制度を廃止し、新たにFIFAフットボールエージェント制度を導入した。アメリカや日本はもちろん、世界でエージェント活動ができるのは、FIFAが発行するライセンスを保有する者のみとなっている。「日本だけではなく世界中にパートナーがいるので頻繁に日本に出張したり、ヨーロッパに行くこともあります。ロサンゼルスは、日本やヨーロッパ、南米に飛ぶには中継点として便利。そのこともあって拠点をここに決めました。将来的には拠点を一つに絞らず、世界中を飛び回って常に現場に足を運んで現場を肌で感じられるようなワーク&ライフスタイルを作れたらいいなと思っています」
|| 日本半分・アメリカ半分
会社を「MXTO」=ミクストと名付けた。自身のアイデンティティを表すうえで、環境・文化・人種・ダイバーシティ(多様性)・ミックスといった要素が外せないことが、そう名付けた理由だ。幼少期をアメリカで過ごし、両親の仕事の関係で小学6年で日本へ移った。中学、高校時代は日本で暮らし、大学でアメリカに戻ってきた。大学卒業後は日本で就職➡その後はアメリカ➡また日本➡現在LAに至るというこれまでの人生は目まぐるしいほどに日本とアメリカを行き来してきた。「今年40歳になりますが、日本とアメリカで生活したのはちょうど半分半分くらいです。日本では大学の教授をしていた母の転勤に合わせて、兵庫県と岡山県で暮らし、自然豊かな緑に囲まれた環境で育ちました」
小学校でサッカーを始めて以来、一貫して彼の人生と共にあったのがサッカーだった。「中学の時に入っていたサッカー部の先生が素晴らしい指導をする方でした。それでサッカーをさらに好きになって本格的に取り組むようになりました。先生の力もあり、大会に出ると毎回勝つような強いチームでした。高校に進むにあたって、関西で強豪だったガンバ大阪のユースチームを目ざすか高校のサッカー部に入るか悩みましたが、両方のトライアウトが偶然同じ日で、仲間と相談して高校のサッカー部を選んだんです。真剣にサッカーに打ちこんで高校サッカー選手権ではベスト16まで進むことができました」
|| アメリカのプロサッカーチームへ
高校卒業後はアメリカに戻り、ユタ州ソルトレイクシティを拠点にしていたプロサッカーチーム『Utah Blitzz(ユタ・ブリッツ)』で2年間プレイした。同チームは2000年から4シーズン存続し、2005年に解散したチームだが、合計2回のリーグタイトルを獲得した強いチームだった。「高校時代の仲間たちはほとんどがプロ選手を目ざしていたので、自分もプロになりたいと思っていました。卒業したらアメリカに行くことを決めていたので、ご縁のあったユタ・ブリッツのトライアウトを受け入団することができたものの、やはりプロはプロ。厳しいアメリカのプロサッカーの中で、自分のレベルがこれ以上は通用しないことがわかったんです、自分に国を代表するようなプレーヤーになる素質はないと。だったらきっと自分には他の形でサッカーに貢献できる道があるはずだと、早い段階で決断することができた」
|| MLSにベッカム到来
現役選手は引退したが、大好きなサッカーは続けた。LAカウンティのカーソン市にあるカリフォルニア州立大学ドミンゲスヒルズ校(CSUDH)でプロスポーツビジネスを専攻し、多数のプロサッカー選手を輩出する同校のサッカーチームでプレーした。アメリカの大学では、学生は講義を受けるだけでなく実際に企業の現場に身を置いて業界についてより深く学べるインターンシップの機会を持つことができる。大学4年時には、ドミンゲスヒルズ校の敷地内にスタジアムを持つロサンゼルス・ギャラクシーにインターンで入った。それが2009年のことだ。
ここで記憶を巻き戻すと、あの当時、全米や世界のサッカーファンがロサンゼルス・ギャラクシーの動向に沸いたことが蘇る。2007年のデビッド・ベッカムの到来だ。ベッカムを5年総額2億4800万ドルで獲得したことも話題となったが、チームやリーグにどんなベッカム効果をもたらすかも注目された。その渦中でインターンを経験した。「世界のトップレベルの選手を獲得することが、こんなにもチームにインパクトを与えるのかと驚きました。チームのビジネス面に携わり、プロサッカーの裏側を垣間見ることができた。プロスポーツビジネスという自分の進みたい道がより明確になりました。私がインターンをしていたあの当時、サッカーはアメリカスポーツの中では4大スポーツの陰に隠れた存在であり、『ヨーロッパのスポーツ』の印象でした。それが、ベッカムをはじめ世界的な選手が来たことにより人々の関心を惹くようになった。アメリカサッカーがこれからどんなふうに発展していくのかワクワクした記憶があります」
|| 打てば響く MLSのマーケティング
大学卒業後はふたたび日本に戻り就職した。この頃から将来自分が独立してプロスポーツビジネスを起業することを視野に入れるようになった。初めての就職先は、日本でビジネスを展開する外資系企業に会計などのバックオフィスサービスを提供する企業。一見サッカーとは無関係にみえるが、海外企業の日本での立ち上げに携わることにより企業がどのような体制でビジネスを広げていくのかとても勉強になったという。その後は、広告代理店やレッドブルジャパンでスポーツマーケティング業に従事した。
「MLSをはじめアメリカのプロサッカーはマーケティングのやりがいがすごくある場所だなと思うんです。先ほど話に出た、海外のスター選手をチームに呼ぶのも一つの強力なマーケティング戦略です。国を代表するようなスター選手が来ると、その国の企業スポンサーも付随してきますし、ファンだって応援にやってきます。またプロリーグの収入源として大きいのが、テレビ放送やインターネット配信などの「放映権」です。2023年は、Apple TVがMLSの全試合を放映する独占配信の契約を結びました。これまでは特別な試合しか見られなかったところが、全世界に全試合が配信されるわけですから世界中のサッカーファンにとってはビッグニュースでした」。昨年は、インテル・マイアミに世界最高の選手といわれるリオネル・メッシが移籍したことで、出場する試合のチケット価格が急騰。ここでもメッシ効果が如実にあらわれている。
|| 2022年末になぜ起業?
2026年に向けてアメリカにおけるサッカーの人気や市場はさらに拡大していくだろうと予測する。2022年末、なぜそのタイミングで独立し会社を創業したのか。「新しいことに挑戦したいと考え始めていたところ、2026年のサッカーワールドカップ、2028年のオリンピックがアメリカで開催されることが決定しました。私自身、アメリカのスポーツ界には2000年の前半から携わってきましたし、特にサッカーに関してはこの20年の移り変わりを実際に肌で感じていました。それもあり、今がそのタイミングだ!と思って創業しました」
スポーツエージェント(代理人)企業の役割は、仲介役であることだ。選手とチームの間に立つ仲介役として契約交渉を行うスポーツエージェントにとって、契約交渉は収入の大部分を占める主な収入源となる。選手は、試合の勝敗や、得点数やアシスト数、試合中どのくらい活躍できたかによって評価が大きく変わってくる。評価は選手たちの「マーケットバリュー」と判断されるため、その価値を高めるためのサポートをしっかりと行うこともスポーツエージェントの重要な使命だ。
|| 日本と海外の「架け橋」に
会社設立2年目。現在の目標、その先のゴールをどのように描いているのだろうか。「MLSでプレーする日本人選手の活躍も大きく、海外での日本人サッカープレーヤーへの注目度が高まっているのは嬉しいですね。今後もアメリカのサッカー界で日本人選手が正当な評価を受け、彼らの特徴を生かして活躍していけるように働きかけていきたい。私が目ざすのは、日本と海外の架け橋になることです。日本人選手、日本企業が海外に活躍の場を広げていくこと、またその逆で外国人選手や海外企業が日本で活動するサポートをすることが私の役割だと思っています。また将来的には、日系人プレーヤーの発掘をしていきたい。アメリカは世界で2番目に日系人の多い国です。日本にルーツを持つ選手をJ リーグに逆輸入し活躍できるよう育成していきたいと思っています」。
MXTO LLC
オフィス所在地:アーバイン。業務内容は、契約交渉・移籍交渉、マーケティング、トレーニング及びリハビリ、視察・研修・遠征・スカウティング、市場リサーチ。
https://mxtollc.com/
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