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アメリカ101 第197回
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それは「The Eras tour」と称するのですが、eraとは「時代を画する」という意味合いでの「時代」であることからすると、日本語の感覚では「世紀のツアー」と表記するのが相応しいでしょう。しかも、そのツアーが、日本を含めた、文字通り世界を股にかけた規模であるというのですから、芸能界の通例である“誇大広告”でみかける惹句風の表現では、「世界を股にかけた世紀のツアー」であり、それが決して大袈裟ではないところが、その主役で、人気絶好調のシンガーソングライター、テイラー・スウィフト(33)の凄いところでしょう。
3日からの6回にわたるイングルウッドのソーファイ・スタジアム(SoFi)での公演は、発売直後にチケットが完売とのこと。各公演では地元南カリフォルニアのファンだけでなく、全米各地からの観客も多く集うようです。その経済効果が期待されています。
このツアーを大歓迎しているのが、意外なことに、ロサンゼルス郡一帯をカバーする公共交通機関の関係者です。それというのも、スタジアムの定員が6万人で、駐車場のスペースが不十分で、観客の多くが鉄道やバスを利用することが求められるため、クルマ社会の南カリフォルニアにあって、公共交通機関の重要性をアピールするのに絶好の機会というわけです。
今回のツアーは、今年3月17日にアリゾナ州フェニックスのステート・ファーム・スタジアムを皮切りにアメリカ国内の主要都市で催され、Sofiスタジアムでの公演後は、メキシコおよびブラジルに会場を移して続きます。そして来年も海外公演が予定されており、2月7日の東京ドームでの公演のあと、ヨーロッパに移動、8月10日のオーストリアでの公演が最後となります。
ロサンゼルス郡交通当局は、Sofiスタジアムでの公演では、最寄りの鉄道駅からスタジアムまでのバスによるシャトルサービスを計画しており、公演終了後の観客輸送のため、通常午前零時が終電のメトロレイルを午前2時ごろまで運行、臨時バスを出して最寄りの数カ所の駅に観客輸送にあたる異例のサービスを提供します。
すでに公演を終えたジョージア州アトランタやイリノイ州シカゴでは、観客輸送で公共交通機関が大きな役割を演じて、実績を積み上げています。アトランタでは3回の公演で、合計14万人が鉄道やバスを利用したとのことで、これは通常の週末の利用客の3倍でした。またシカゴでは4万3000人が鉄道やバスを利用して会場入りしたようです。
アメリカでは、新型コロナウイルス・パンデミックの影響で公共交通機関の利用者が急激に減少しています。リモートワークが増えて、通勤客が減少したほか、パンデミックに伴う治安状況の悪化も、鉄道やバスの利用をためらう要因で、全米各地の関係者は、ビッグイベントが利用客を増やす“刺激剤”となればと考えています。
今回の一連のスウィフト公演は、カリフォルニア州にとっては「ゴールドラッシュ」だとの声もあります。それというのも、Sofiスタジアムに先立って、シリコンバレーにあるサンタクララでも公演が予定されているためで、「スウィフトノミクス」(Swiftonomics)という経済新語が生まれているほどです。
そして9月には、スウィフトと並ぶ人気女性歌手のビヨンセがSofiスタジアムで3回の公演を予定しています。今年5月から「ルネッサンス・ツアー」(Renaissance Tour)としてヨーロッパ各地を回っているのですが、ロサンゼルス・タイムズ紙は、地元有力紙として地元経済に恩恵をもたらすとの観点から、「ビヨンセが9月にやってくる」(Beyonce comes to town in September)(7月27日付け)という見出しで、クリスマス並みにはしゃいでいます。
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(8/1/2023)