ユダヤ人を狙った「antisemitism」に基づく ヘイトクライム件数が昨年比で3割増

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アメリカ101 第179回

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前回はアメリカでのヘイトクライムについての“俯瞰図”でしたが、今回は憎悪の対象として黒人と並んで多い、ユダヤ人を狙った「antisemitism」(反ユダヤ主義)に基づくヘイトクライム件数が昨年比で3割増という急上昇を記録しているという話題で、その背景を探るのが狙いです。

英語のantisemitismという単語はanti-semitismとも綴られる表現で、文字通りの日本語であれば「反セム族主義」となります。セムというのは当初、中東アラビア半島から西アジア、北アフリカで住んでいたヘブライ語系のセム語族名の指しており、その中にはユダヤ人も含まれていました。このため広義の意味では現在この地域の居住者はすべてセム語族となるわけで、19世紀のヨーロッパでは、アーリア族と対比でアラビア人やユダヤ人をセム語族として分類していたのが、現在ではアラブ系に対比するユダヤ人をセム族とすることで、セム族=ユダヤ人の繋がりでsemitismのsemiはユダヤ人を指すこととなり、anti-semitismいうのは「反ユダヤ主義」を意味することになりました。

ユダヤを対象としたヘイトクライムについては、当然ながらFBI(連邦捜査局)が実情を掌握しており、それに関する犯罪統計も公表しているものの、集計が遅れるケースが多く、反ユダヤ主義に基づく憎悪犯罪は、直接被害者となっているユダヤ人組織の統計が速く、詳細にわたる実情把握には、アメリカ最大のユダヤ人団体「名誉棄損防止同盟」(Anti-Defamation League=ADL)によるものが信用できることになっています。

そして3月下旬に発表となったADLによる昨年の反ユダヤ憎悪犯罪統計よると、ハラスメント、暴行、器物損壊などの犯罪は3697件で、前年比36%増でした。州別ではニューヨーク州が580件で、カリフォルニア州は518件、前年比41%増でした。この数字は統計の全米集計が始まった1979年以来最高となりました。

ADLによると、その背景には、2011年出版のフランスの作家グラン・ランプラスマンの手になる「Grand Remplacement」(Great Repllacement)という白人至上主義的な極右陰謀論がアメリカで広く知られるようになったほか、Ye(旧名カニエ・ウェスト)によるユダヤ人陰謀論が“普及”したことがあげられます。

ランプラスマンの著作は、「白人によるヨーロッパ」が、イスラム世界やアフリカなどの第三世界からの大規模な移民により「大きく置き換えられる」という趣旨で、一方のYeは、ソーシャルメディアやテレビ番組でのインタビューを通じて、ユダヤ人による陰謀論を繰り返していました。

Yeについては、ロサンゼルスにあるホロコースト博物館が昨年10月に、「ユダヤ人問題」での理解を深めてもらうためYeに案内状を送付したものの、これを公に拒否したとの一連の動きの中で、ウエストを支持するへイトグループが、「カニエ・ウェストはユダヤ人問題では正しい態度だった」との横断幕を垂らし、通行するドライバーにナチス式の敬礼を繰り返すという動きがありました。

さらに大学構内での反ユダヤ主義者の動きも各地で珍しくなくなってきました。昨年8月にはUCデービス校で、4人の黒服を着用した4人の白人男性が、ホロコーストを否定する横断幕を歩道橋から垂らして校内警察が捜査に乗り出すという事件も発生。そしてADLによると全米各地の大学校内での反ユダヤ主義者の活動も目立っており、その件数は昨年1年間で130の大学で219件と前年比41%増と報告されています。

また全米で反ユダヤ主義の広報宣伝活動も活発化しており、街頭での宣伝パンフレットなどの印刷物配布活動は2021年の422か所から、2022年には852か所と倍増。ハラスメントは前年比29%増の2298件に達しています。あるケースでは、ユダヤ人経営のレストランに電話で注文があり、「『カニエ・スペシャル』をお願い」と注文したあと、「すべてのユダヤ人に死を!」と叫んで電話を切ったとのこと。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(3/28/2023)

 

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