過去20年で最高値 アメリカで増えるヘイトクライム

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アメリカ101 第177回

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アメリカでは、社会の多様性が進む一方で、人種や性的指向、宗教などさまざまな面で分断化という一面も指摘されており、そのような「違い」を理由としたヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加、FBI(連邦捜査局)によると、2021年には過去20年で最高の9,065件に達したとのこと。さまざまな民族、人種が混合し、共存する「サラダボウル」とも称され、国璽に記された「E Pluribus Unum」(多数から一つへ:ラテン語)というモットーのアメリカが抱える根強い病根といえそうです。  FBIによるヘイトクライムの定義は、「人種、宗教、身体障害、性的指向、エスニシティ(エスニック)、ジェンダー、ジェンダー同一性に対する偏見を動機とする犯罪」とされており、当初昨年12月には7,262件と発表し、前年(8,120件)比で減少としていたのですが、その後ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスといった大都市からの詳細な報告があって前年比11・6%の増加となったもの。さらに2022年についても、これまで届いた各州からの数字では、いずれも前年比増となっており、ヘイトクライムの増加が続いています。

アメリカでの犯罪に関する統計は、各州の独立性が高い「連邦国家」であるというアメリカの特殊性から、全米を網羅する正確な数字が必ずしも明らかでないという問題点があります。このため日本のように、中央政府の権限が強大であり、中央省庁の号令で全国からの統計が集まるという仕組みとは違い、各州からの報告をFBIが集計することで全体像が浮かび上がるという流れです。

たとえば憎悪犯罪に関する昨年末の段階での統計は、全米人口の64・8%を網羅する全米1万1,834の地方警察組織や保安官(シェリフ)警察組織からの数字を集計したものですが、その後全米人口の91・1%をカバーする1万4,859の警察・シェリフ組織からの発表を集計した数字が明らかになったという次第です。このような背景から分かるように、アメリカでは、この種の警察関係の統計のみならず、連邦政府が直接管轄する分野を除いた各州や、その下に位置する他の地方自治体での行政活動の現状は、掌握するのは容易でないというのが現状です。

その憎悪犯罪の動機のうち65%は「人種・エスニシティ・祖先」に起因するものです。次いで「個人の性的指向」が16%、「宗教」が14%でした。被害者の内訳では、これまでと同様黒人が一番多く、次いで白人、ゲイ、ユダヤ人、アジア人の順です。

このようなヘイトクライムの増加は、アメリカ社会が抱えるさまざまな分野でのイデオロギーを背景とした対立激化の構図を反映したもので、治安問題を担当する連邦政府機関である司法省は、その現状を掴むため、各州の郡(カウンティ)、市(シティ)などの下部地方自治体と連絡を密接にする動きを強めています。具体的には、今年9月までには全米を網羅した統一的なヘイトクライムに関する情報収集組織「反憎悪連合」(United Against Hate)を立ち上げて、州政府や地方自治体の94の司法機関トップの相互の緊密な連絡体制を整備する計画です。

しかし、当然のことながら、対策の必要性には異論はないわけですが、問題の根源は「憎悪」の存在そのものにあるわけで、それへの取り組みなしには、短期的な対応策にとどまるわけで、アメリカの苦悩はまだまだ続きます。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(3/14/2023)

 

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