.
.
アメリカ101 第163回
.
まさに「言い得て妙」ということでしょうか、「CRAVED」という6個のアルファベットの頭文字で構成される英語の表現があります。「切望する」「強く欲する」という意味の動詞craveの過去形のようですが、実際には一種の業界用語/隠語なので、その業界の関係者でもなければ、ネイティブスピーカーともいえども、意味不明の「頭字語」でしょう。
サンクスギビングデーが終わって、年末にかけてのホリデーシーズンも本格化し、プレゼントなどを求める買い物客でショッピングセンターが賑わう時期ですが、それに伴いアメリカでは、一般消費者向けの店舗で、通常以上に頭を悩ませるのが万引き対策です。とくに近年では組織的な集団万引きバリエーションで、一瞬のうちに多くの商品を持ち去るというFlash mobが“流行”していま
す。「組織的小売り犯罪」といった現象で、その“発祥地”であるサンフランシスコでも数多くの店舗を構えるドラッグストア大手Walgreensなどでは、万引きが日常化して収益に悪影響を及ぼし一部店舗の閉鎖を余儀なくされるケースが続出、昨年は5店舗を閉店、近年の閉店数は22にのぼったとのこと。
そんな中で、万引き犯にとって盗難商品の価値の高さや売り捌きが容易なことなどから“好み”の商品があり、その“良さ”を表す形容詞の頭文字を綴ったのが「CRAVED」というわけです。ロサンゼルス・タイムズ紙によると、それはconcealable(隠匿可能)、 removable(持ち運び可能)、 available (入手可能)、valuable(高価な、役立つ)、 enjoyable(楽しめる) 、disposable(簡単に処分可能)で、この順番で頭文字を並べると、「欲している」という意味合いが浮かびあがる“造語”が出来上がる次第です。そして、これに沿った、万引き犯好みの具体的な商品は、カミソリ、医薬品、インクカートリッジ、化粧品のコロンなどで、持ち運びが簡単で、単体が小さく、品物次第では高価なもの
といった条件に合致しています。
集団万引きの手口は、グループのそれぞれが大きいサイズのゴミ袋を持参、狙いをつけていた商品棚にアクセスし、片腕で搔き集めるようにして品物を袋に放り込み、瞬時に逃走するというもの。これらの盗品はフリーマーケットやオンライン、あるいは繁華街の路上などで売り捌くというのが通例です。全米小売業連盟の調べによると、回答企業のほぼ45%が万引き防止策にカネを投じ
ており、そのうち約40%の業者が商品に盗難警報用の電子タグを装着するか、することを考えているほか、約18%が、商品に施錠したり、鍵付きの商品陳列棚に陳列するなど対策強化を進めているとのこと。アメリカ全土での万引きの被害規模の詳細は明らかではありませんが、同連
盟の年次報告での推定では、2021年の総売上高の1%弱程度とのことで、被害は年を追って増加傾向が続いており、小売業界での店舗での犯罪事件は27%増となっています。地域別の小売店での組織的犯罪では、ロサンゼルスが過去4年間連続で全米最悪で、次いでサンフランシスコ/オークランド、ニューヨーク、ヒューストンなどが続きます。
犯罪増による損害に加えて問題となっているのは、小売店がそろって防犯対策を強化することで、買い物客の陳列商品へのアクセスが難しくなっている結果、売上高に影響が出ている点です。さらに、簡単に手に取って商品を吟味することができず、その都度店員に、それぞれの商品の施錠を解除してもらうとか、陳列棚の鍵を開けてもらう必要があり、しかも近年の人手不足で、対応が
遅れるためにフラストレーションが高まり、買い物を諦めるというケースも増えているようです。また、防犯対策が厳しいのは、ほとんどが低所得者が多く住み、治安状態も悪い地域の店舗であり、所得格差が、買い物といった簡単な日常生活に影響しているという状況が各地でみられるというのが昨今のアメリカの歳末風景のひとつです。
.
.
.
著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(11/29/2022)