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Vol.32 ▶︎ アリゾナの砂漠で凍えることになるとは・・・
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寒さで震えが止まらない。手足の震えだけではない。歯もガタガタと音を立てている。5時間以上も降り続いた雨が、頭から爪先に至るまで全身を覆い、体は芯まで冷えきっている。 濡れた体でのバイクは、気化熱でコンスタントに体温が奪われるため、時間の経過に伴い、体の表面のみでなく、体内の温度まで無常なまでに下げる。
体温を維持するためには全力で漕ぎ続けるしかない。数時間に渡ってペダルを廻し、疲れと寒さに耐えてきた。バイクが終われば、多少は寒さが和らぐだろうと言う期待はあった。その期待は見事に裏切られた。
アイアンマンレースのT2と呼ばれる、バイクからランへのトランジッションを行うエリア。仮設テントの中。ここまで3.8kmのスイム、次いで180kmのバイクを終え、なんとかここに辿り着いた。残すは42kmのランのみだ。鍛えた体をしたボランティアの青年がゼッケンを見て、ラン用のシューズなどが入ったトラジッション用のバッグをもって来てくれた。着替えのために椅子に座ったところまでは良かったが、震えがひどく濡れた服を脱ぐことさえ出来ず、椅子の上で膝を抱えた姿勢のまま数分が経っている。寒さで気持ちが萎えてしまっている。もう、これまでか・・・。
スイムは苦手。寒いのも苦手。万全の準備でスイムに望む
思えばこの一年間、この日のために多くを犠牲にしてきた。、多大な時間を費やし、過酷なトレーニングにも耐えてきた。降り注ぐ太陽の下、ボランティアに従事し優先申し込み権を取得、念願のアイアンマン・アリゾナの出場権を獲得したのは一年前。遥か昔のような気がする。 経験が物を言うトライアスロンだが、レース経験は少ない。オープンウォーターでのスイムは極めて苦手だ。恐怖心を克服すべく、ひたすら練習に励んだ。灼熱の太陽が振り注ぐアリゾナの砂漠を想定して、40度を越える炎天下でのバイクトレーニングを行った。
ブリックトレーニング中にエネルギー不足で一歩も動けなくなった事もあった。その後、自分にあった栄養補給食を探すべく、様々なジェル、ドリンク、エナジーバーなどを試したが、疲労困ぱいした胃袋が受け付けず、走りながら吐いた事も一度や二度ではない。 トライアスロンのクラブに属さず、周りにアドバイスを請うトライアスリートの知り合いもいないため、独りで試行錯誤の繰り返しだった。練習に練習を重ね、満を持して望んだアイアンマン・アリゾナ。まさか、灼熱の太陽とサボテンで知られるアリゾナで、一日中冷たい雨に降られ、寒さに震え動けなくなるとは。何と皮肉な事だろうか。 7時のスイムスタート。水温は低かったが、準備は万全だった。苦手のスイムを少しでも楽にするために、グローブ、ブーツ、頭をすっぽり覆うキャップを準備した。低水温は苦にならなかったが、それでも泳ぎが速くなるわけではない。何とか制限時間ギリギリの2時間でゴールするのが精いっぱいだった。しかし、一番の難関であったスイムを終え、その時は既にアイアンマンの称号を手に入れた気分で浮かれていた。朝9時の空気は肌寒く、途中で捨てるつもりで長袖を羽織り、バイクでサボテン群生地へと向かった。
気持ちよく風を切って走っていたのは、僅かの間。曇り空から水滴が落ちてきたかと思うと、あっという間に本格的な雨になった。そこから寒さに耐える修行僧のような試練が始まった。事前の天気予報では一日中曇り。アリゾナの砂漠での雨は全くの想定外。周りにもレインウェアーを着ている選手はいない。雨脚が強くなると、ビニール袋を被った選手が目立つようになった。とてもアイアンマンレースとは思えない、何とも格好悪い姿だ。その後、日が昇っても気温は一向に上らず、体温は奪われるばかり。エイドステーションで配られている筈のビニール袋を探すが見当たらない。
3千台以上のバイクが並ぶスイムからバイクへのT1ステーション
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(10/5/2022)
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。