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Vol.13 ▶︎スタートから19時間。アメリカンリバーを眼下に
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レッドブルのアーチで飾られたノーハンドブリッジ・エイドステーション。午後11時過ぎ。この辺りのルートはWS100のコースの一部と聞いている。過去に二度にわたって抽選に外れているWS100にひと時、思いを馳せる。夜は長い。いつものように、どうせ忘れてしまうだろうが、暫し思いにふけるのも悪くない。 もう暫くすると、日付が変わるだろう。右ひざの痛みが気になる。平らな道や、上り坂では何とか走れるが、下坂では強い衝撃がかかり激痛が走る。まだ先は長い。無理はしないでおこう。 2~3時間前まで不調を訴えていた胃は、一か八かで試したガリが効いたのか、すこぶる調子がいい。前日の夕食の際に寿司屋で余分に貰って来たものだ。
レッドブルのアーチが飾られているノーハンドブリッジ・エイドステーション。夜中のエイドステーションではぐったりと気が萎えてしまうランナーもいる
ポケットに忍ばせていた袋は、いつの間にか空になってしまった。胃腸同様に、メンタル面も、ここまではしっかり持ち堪えており、最悪のロー状態には陥っていない。疲労も限界までには未だ余裕がありそうだ。それでも、不安がないわけではない。夜明けはまだ先である。
昨日の午後に妻と落ち合った、オーバールック・エイドスレーションに再び戻ってきた。前回ここに立ち寄った時の様な賑わいは無い。それもその筈、時刻は午前1時を回っている。エイドステーション脇に用意されている椅子には、ぐったりして動かないランナーが座っている。私自身、これまで着替えのために3度、腰を下ろしているが、いずれの場合も敢えて長居はしなかった。夜になって立ち寄ったエイドステーションでは、何人ものギブアップ寸前のランナー達に会った。同じチャレンジに臨んでいる者として心が痛む。 トレイルレースは、「レース」とは呼ぶが、先頭を行くエリート・ランナー達を除けば、他のランナーとの競争ではない。皆、励まし合い、快く助け合う。レースは、あくまでも自分自身との闘いである。先ずは、最後まで諦めずに完走する事。そして、レースが終わってから、多くのランナーが自分自身に問い掛けるのは、納得いく走りが出来たか、昨日の自分に勝てたか。
左上の白く見える点は、わずかな光を放つリボンの先につけられた反射板
それにも増して重要なのは、「Am I one step closer to the man I want to be ?」、理想とする自分に一歩でも近づくことが出来たか、ではないだろうか。 ここから先の25マイル(40㎞)で、今回のチャレンジの真価が問われる。夜明けは未だ、遥か前方に連なる山々を超えた彼方にあり、その欠片さえも見えない。「70マイルから本当のレースが始まる」という言葉を今一度思い出す。気持ちは萎えていない。蓄積した疲労は時折、脳に無理をするなと信号を送るが、それを誤魔化せるだけのトレーニングは積んできた。74.5マイル地点。オーバールック・エイドステーションの灯と人の温もりを背中に感じながら、未知の世界に足を踏み出す。
最後に目印のオレンジ色のリボンを見たのはいつだろう。道を間違ったのだろうか。そんな筈はない。後ろを振り返りヘッドランプの光を探すが、後続のランナーの姿は見えない。そこにあるのは漆黒の闇だけだ。もう少し行けばリボンがあるだろう。反射板を探すべく、遥か前方を照らしながら走り続ける。行く手に光るものは見当たらない。見上げた夜空には、北斗七星が輝いていた。
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(5/25/2022)
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。