バッファロー銃乱射事件の背景に白人至上主義者の『理論的裏付け』

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アメリカ101 第135回

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アメリカは一体どうなっているの?」という声が沸き上がっているのが、14日(土)午後の、週末の買い物客で賑わうニューヨーク州第二の都市バッファロー市内のスーパーマーケットで発生した銃乱射事件です。容疑者は、ヘルメットと防弾チョッキを着用した完全武装の18歳の白人男性で、黒人の顧客が多いスーパー「トップス」の駐車場から店内に移動する間に銃を乱射、10人が死亡、3人が負傷するという大量殺傷事件(masacre)となりました。

 

一カ月半前のコラムで、サクラメントでの銃乱射事件に触れたばかりです。このケースは暴力団抗争だったのですが、今回は、単にアメリカの宿痾(しゅくあ)であるGV(銃暴力)の激しさを示すだけでなく、白人至上主義者による憎悪犯罪(ヘイトクライム)、それも「Great Replacement Theory」(大規模人種置換理論)と呼ばれる、多様性社会を否定した“陰謀理論”に裏付けされた殺人事件という特異なものだけに、通常のGVとは比較にならない大きな反響を呼んでいます。

 

容疑者は初めから黒人の顧客が多いスーパーを狙って犯行に及んだもので、ニューヨーク州中部の自宅から数時間かけて北部バッファローのスーパーを事前に“視察”するという周到さでです。

 

ネットを通じて180ページもの膨大な書面を明らかにし、「白人の頭脳は他の人種より優れている」ことを根拠に、「国際的なリベラルなエリート」によって進められている、白人に代えて非白人が支配する社会の実現という陰謀を阻止する必要性を強調、黒人の大量殺傷を正当化しています。

 

「人種置換理論」はヨーロッパでは、19世紀後半から存在する「非白人脅威論」で、これまで白人が取り仕切っていた社会が、外部からの黒人、イスラム教徒、ラティーノ、そしてユダヤ人といった“異端人”の大規模な流入で人種的な入れ換えが進む脅威への警戒論です。その最新バージョンが、フランスの小説家で白人至上主義者レノー・カミュ(75)による著作「Le Grand Remplacemet」(2011)です。

 

白人で構成されるヨーロッパが人口や文化の面で非白人(主としてイスラム教徒)に置き換えられつつあるとして警鐘を鳴らすものです。大規模な移民の流入、白人の出生率低下に対比した非白人の出生率上昇といった現象は、国際的なリベラル・エリートが巧んだ陰謀であるとしています。

 

その理論に共鳴した白人至上主義者による大量殺害事件が2019年に相次いで発生しました。3月にはニュージーランドのクライストチャーチ市内の2カ所のモスク(イスラム教礼拝堂)でオーストラリア人の28歳の男が銃を乱射、51人が死亡、40人が負傷する大惨事が発生。同8月には、顧客の大半がラティーノというテキサス州エルパソのウォルマートで21歳の男が銃を乱射、23人を殺害する事件がありました。犯人はいずれも「人種置換理論」の信奉者です。

 

バッファローでの乱射事件直後の16日に、ホワイトハウスで、ジェン・サキに代わって新しく大統領報道官に就任したカリーン・ジャンピエールが初の定例記者会見に臨み、カリブ海マルティニク島(仏領海外県)出身の黒人の移民で同性愛者であることを強調していました。そのような多様性を有する米政府最高レベルの人物を敵視し、その殺害を躊躇しない、対極にある白人至上主義者が存在し、容易に銃器を手にするのが可能なアメリカ社会の厳しい現実を映した一場面でした。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(5/17/2022)

 

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