お尋ね者の隠れ家「バスケスロック」を走る

Nick Dの冒険大陸

Vol.5 ▶︎Nick Dの現在地 通称Space Rock-バスケスロック

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タンブリングウィードが目の前を横切る。大きさは直径70~80cmだろうか?西部劇の決闘シーンで緊張感を煽るように、突如荒野に姿を表し、転がり去って行く、あの丸い小枝の塊だ。初めて見たときには、思わずマカロニウェスタンのテーマが頭に鳴り響き、クリント・イーストウッドの姿が目の前に浮かんだ。 俗にセイジブラッシュと呼ばれる、背の低いトゲトゲした植物。枯れた幹の細い部分が強風に煽られ折れる。転がり始めた枯れ木玉は周囲の小枝を絡み取り、雪だるま式に丸みを帯びながら膨らんでゆく。時折どこからともなく飛んでくるこの物体。数十センチから1メートル程度のものが多く、麦わら帽子のように軽い。しかし、強風で勢いづいたものが脚など体の露出した部分に当たると、かなり痛い。前触れなく、空を舞って襲ってきた猫に引っ掻かれたような感じだ。痛みもさることながら、気持ちが萎える。 冬場はガラガラヘビに襲われる心配は無いが、フライングキャットならぬ、タンブリングウィードには要注意だ。 周囲には幾重にも連なる薄茶色の丘。極度の乾燥で草木は枯れている。南カリフォルニアの冬は本来であれば雨季。大地は春に向かって少しずつ緑みを帯びてくる頃だが、ここ十数年、地球規模の温暖化のせいか、降水量が著しく減っている。四季を通して野山を走っているので、自然環境の変化は敏感に感じることができる。 夏の終りから晩秋にかけてサンタアナと呼ばれる季節風が吹く。乾燥した大地と北東からの強風は大規模な山林火災をもたらすが、その規模は年々拡大しており、ここ数年の山火事の被害は目を覆うものがある。2020年にカリフォルニア州で焼失した面積は4百万エーカーにも及び、その規模は、なんと関東1都6県の半分に相当する。
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その姿が特徴的な奇岩。SF映画スタートレックの一部もここで撮影された
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この広大なエリアが一年間で焼失した。一昔前までは、山火事のリスクは秋口に限られたものだった。今では一年を通していつ大規模火災が発生してもおかしくない。頻度、規模双方とも年を追うごとに深刻化している。この先どうなるのだろうか・・・。 そんな事を考えながら、今日も乾いた土を巻き上げながら走っている。砂埃に覆われた草木の向こうには、奇妙な形の岩が横たわっている。 ロサンゼルスの北、45マイルに位置する「Vasquez Rocks」。“惑星っぽい”独特の雰囲気が特徴で、「スターレック」や「猿の惑星」、「オースティンパワーズ」ほか、数多くのハリウッド映画の撮影に使われてきた。 岩を取り巻くように5km程のアップダウンに富んだ周回ルートがある。このトレイル、南はメキシコ国境から、北は遥かカナダ国境まで延々と続く、全長4,270kmのパシフィック・クレスト・トレイル、通称PCTの一部となっている。全行程を何ヶ月もかけて一気に踏破するスルーハイキングに挑むも者も少なくない。いつの日か挑戦してみたい。 この奇妙な形の岩。その名前は、かつてバスケスというお尋ね者の隠れ場所だったことに由来している。アウトローの名は「ティブルスィオ・バスケス」。1835年に当時メキシコの一部であった、カリフォルニア州のモンテレイにて生まれた。
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トレイルを不器用に転がるタンブリングウィード。まだ丸くなりきっていない
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21歳の時に馬窃盗がもとで投獄され5年間牢屋で過ごす。その間、4回の脱走を試みるが失敗。出所後も窃盗、家畜泥棒、路上強盗など様々な犯罪を繰り返し、監獄と娑婆を行き来し30歳を超える頃には、北カリフォルニアでは有名な悪党になっていた。 悪事を働く一方で、メキシコ人に対する差別への反逆の象徴として英雄視されていたという。ギターを奏で華麗に踊るバスケスは女性に人気があったそうだ。賞金が掛けられ、お尋ね者となったバスケスが、逃げ場を求めて辿り着き、身を潜めたのがバスケスロックと言われている。39歳の若さで処刑されたが、今でもカリフォルニアではバスケスの名が残る地名が数多くある。
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Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

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