アメリカ101 第96回
「Tokyo2020」が17日間のすべての日程を終了、無事に8月8日に閉会式を迎えました。日本全土での新型コロナウイルス感染拡大が続く中での開催だっただけに、「無事に」という表現が特別の意味を持つものとなりました。開催の是非をめぐる論議は、大会終了後も内外で続いていますが、アスリートなどの大会関係者の間での感染者が最小限に食い止められ、無観客での競技という前例のない大会運営もスムーズに進み、懸念されていたサイバー攻撃やテロ活動もなく、結果論でさまざまな「Monday morning quarterback」的な論評もあるものの、「大会は素晴らしい成功をおさめた」(ジョー・バイデン大統領)という見方は、あながち的外れではないと思われます。
トーマス・バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長は閉会式で、参加選手に向けて「最も貴重な賜物である希望を世界に与えてくれた」と語りかけました。五輪開催がIOCにとって貴重な財源という“世俗的”な関心事はさておいて、オリンピックの「目的は、人間の尊厳の保持に重みを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」(オリンピック憲章)という、やや理想的すぎるともいえるスポーツの意味を体現するオリンピックの存在意義を改めて確認するものでしょう。
57年ぶりの東京五輪は、東日本大震災、福島原発事故といった惨事を乗り越え復興した日本を、オリンピックという世界最大級のイベントを通じてアピールするとの狙いは、コロナ禍で霧散したかにみえました。だが選手や関係者、そして海外報道陣によるSNS(交流サイト)を通じたさまざまな情報発信は、過去の大会では予想もできない形での「日本紹介」になりました。原則として「選手村(宿舎)と競技場」という“バブル”を往復することだけに限られた行動範囲から、やや逸脱した行動を通じた市中体験を通じて、いまや日本で必見の新たな“名所”としての「コンビニ」が国際的な脚光を浴びることになりました。ニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズ、CNNといった有力な報道機関が相次いでコンビニの便利さ、その食べ物の完璧さ大きく報道、アメリカの味気ない同類店舗と比較論を展開していました。このようなコンビニの国際的な知名度の高まりで、コンビニが英語など外国語の“外来語”となる日も間近だろうと思わせます。またアスリートが毎日往来する道筋で、プラカードを掲げ歓迎の意を表現する一般市民の姿を映した映像が多く、コロナ禍での日本人の「おもてなし」ぶりを“体験”する機会になったようです。
日本は開催国として、競技面でも面目を保ちました。獲得したメダル数は金27、銀14、銅17の計58個と過去最高を記録。オリンピック憲章では、大会は「個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と記されていますが、実際にメダルラッシュとなると、「日本勝った」「日本強し」と興奮の見出しが躍りました。しかし覚めて眺めると、野球やソフトボール、空手などの日本に有利な東京五輪の“限定種目”が数多くあり、3年後のパリ大会で同レベルのメダル奪取は楽観できませんが、メダル数は、人口比、経済力といった面での比較基準でも上位5位前後に位置しており、「スポーツ大国」のひとつであることは間違いありません。そして「近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」(明仁上皇による天皇在位30年記念式典でのあいさつ)にある「平和大国日本」に相応しい、参加した205カ国・地域のすべての祝福を受けて主催国としての責任を果たした東京五輪の次に控えるのは、半年後の北京冬季五輪です。新疆ウイグル自治区などでの人権蹂躙やジェノサイド(大量虐殺)のそしりを受ける中国での「平和の祭典」。厳しい国際世論の批判を浴びる北京五輪は、コロナ禍での東京五輪とは異なる試練に直面する見通しです。
著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(8/6/2021)