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アメリカ101 第209回
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「浜の真砂は尽きるとも世にチップ談義の種は尽きまじ」ということでしょうか。それこそ物心がついて以来、チップ(tip)なるものに慣れているはずのアメリカ人でさえ、新型コロナウイルス禍を経験したあとの現在のアメリカでの「チップ状況」についての認識は、「ごちゃごちゃ」(mess)(11月9日付「ワシントン・ポスト」の表現)というのですから、外国人であるわれわれにとって、なにをか言わんやかなということでしょう。
アメリカの代表的なシンクタンクのひとつにピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)という組織があります。さまざまな世論調査を実施、発表することで知られるのですが、それが今月9日に「アメリカでのチップ文化」とのタイトルで、コロナ禍を経たあとの「チップ状況最新報告」を発表しました。今年8月7日から27日にかけ実施した、1万2000人を対象とした調査に基づくもので、回答者の72%が、5年前と比較してチップの金額が増えるという「チップ・インフレ」(tipinflation)とみられる現象が顕著だとしています。
チップなるものは、日本の「心付け」に相当するものなのでしょうが、アメリカではタクシー運転手やレストランのサーバーに当然のように手渡す小額の金銭を指すわけで、日本での非日常的なものとは違って、日常的に渡す場面があるという点で、チップを自然体で手渡すことができるかどうかが、日本人にとって、「アメリカの生活に慣れたかどうか」を測るメルクマールのひとつと言えそうです。
だが、そうは言っても、アメリカだからといっても、チップについて「金科玉条」のような不動の決まりごとがあるわけではなく、アメリカ人の間でも結構迷う向きも多いようです。
冒頭のワシントン・ポスト紙の記事の見出しが、「新たなチップ文化で混迷に陥り、フラストレーションに直面するアメリカ人」(Americans are confused, frustrated by new tipping culture)とあるように、アメリカの新聞を読んでいると、いわゆる「家庭欄」にチップに関する記事が時折掲載されているに気が付きます。そして、今回のように、ピュー・リサーチ・センターといった学術機関が精緻な調査報告を発表するのは珍しいことだけに、このニュースは注目を集めたのでしょう。
チップ文化があるアメリカですが、明確なルールが存在しているわけではありません。「人生での大きなミステリーのひとつ」(It’s one of life’s great mystery)という言い方もあるようですが、年を追ってチップの額(比率)は少しずつ増えているのは間違いありません。
例えばアメリカでは20世紀初頭から、エチケット作法指南の定本として知られてきた「エミリー・ポストのエチケット」(Etiquette in Society, in Business, in Politics, and at Home)(1922年初版)では、一流ホテルでのフルコースの食事のチップは10%(最低で25セント)と記されているとのことで、現在の典型的な15%−20%のほぼ半分です。
今回の「チップ最新報告」では、「サーバーには一切チップを置かない」と答えた向きが2%ほど存在するようで、「As you like it」(どうぞお好みのように)というアドバイスを文字通り貫き通す“豪傑”の存在は、日本流の「チップ無し」に慣れ親しんできた小心者には羨ましいばかりです。.
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(11/7/2023)