史上初の『黒人女性の連邦最高裁判事』 指名をめぐり論争

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アメリカ101 第120回

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ひと言で表現するなら、「どうやら間に合った」ということでしょうか。アメリカの「憲法の番人」である連邦最高裁判所の9人の判事のうち、最高齢であり、わずか3人となったリベラル派のひとりであるスティーブン・ブライヤー判事(83)が、今年夏の今季開廷期末をもって引退するのを受けたジョー・バイデン大統領を先頭とする民主党陣営の反応です。ブライヤー引退が先延ばしとなれば、今年11月の中間選挙で共和党が躍進、判事承認の権限を有する上院で過半数を制する可能性が高く、その場合には、バイデンが指名する判事候補が共和党の反対で承認を得られないという、新たな難題を抱えることになりかねなかったからです。   

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だがバイデンは1月27日の同判事引退正式発表の席上、2020年大統領選挙の民主党予備選挙で、当選後に最高裁判事を指名する機会があれば、「黒人女性」を選ぶとの選挙公約を履行すると再確認したことで議論が巻き起こっています。実質的に終身ポストである最高裁判事には「ベスト」の法曹家を充てるという本来の指名基準があるのですが、「人種」「性別」という前提条件で判事候補を選ぶのは、一種の「クオータ制」(割り当て)であり、適当ではないというわけです。    

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一昨年の民主党予備選では候補乱立で、2月のサウスカロライナ州での帰趨が指名獲得の“天王山”でした。同州で発言力が強い黒人有権者の支持を得た候補が、指名争いで優位に立つとされていました。そして予備選を控えた2月に同州で開催された民主党候補5人によるテレビ討論会で、バイデンが最高裁判事候補に「黒人女性」を指名すると言明したのが決め手となって、同州民主党の事実上のトップであるジム・クレイバーン下院議員(黒人)がバイデン支持を表明、バイデン指名の流れとなった経緯があります。   

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最高裁は1789年創設で、現在までに115人の判事が任命されていますが、このうち女性は5人、黒人は2人、ラティーノは1人にすぎません。多民族/多人種国家としてのアメリカとしては“お寒い”構成であり、バイデンが「黒人女性」に固執するには、公約実現だけでない、大きな歴史的な意味があり、中間選挙を控えて、民主党としての「セールスポイント」です。   

現在の最高裁での党派別色分けは、ドナルド・トランプ前大統領が任期中に3人の保守派を指名・任命したこともあって、保守色が濃厚です。人工妊娠中絶、銃規制、投票権といった国論を二分する争点で、民主党陣営にとってはブライヤー引退で空席となるポストの死守は至上課題です。だがブライヤーはリベラル派ではあるものの、「現実的」な法曹思想の持ち主として知られ、しかも引退のタイミングが政治的思惑に左右されるのに否定的な見解を明らかにしています。このため民主党内の急進派の間では、高齢のブライヤーへのバイデン民主党政権下での引退を求める運動が生まれ、一部では顰蹙(ひんしゅく)をかっていました。    

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現在上院の党派別内訳は民主、共和両党が50人で同数であり、事実上の「上院議長」であるカマラ・ハリスがキャスティングボートを握っているのですが、バイデンが指名する後任判事候補に対して民主党内から指名反対の造反議員が出れば“ご破算”となるわけで、ワシントン政界では、中間選挙を控えて最高裁人事が大きな影を投げかける見通しです。   すでに「黒人女性」の新判事候補には連邦巡回控訴裁判所や州最高裁の判事の名前が挙がっています。いずれも法曹家として、それぞれ実績があり、「黒人女性」であるだけで候補として噂されるわけではありませんが、他に「ベスト」な白人法曹家もおり、さらに、まだ連邦最高裁判事を輩出していないアジア系にも“有資格者”もいるわけで、ブライヤーの引退で、好ましい連邦最高裁の裁判官構成の在り方が話題となっています。 

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(1/25/2021)

 

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