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アン・バロウズ
Ann Burroughs
全米日系人博物館 館長兼CEO
JANMはコミュニティを繋ぐ場。人々の『家』としての存在であり続けたい
リトル東京のランドマークとして知られる「全米日系人博物館」(JapaneseAmerican National Museum、通称JANM〈ジャノム〉)。日系人の歴史や文化を伝える貴重な施設であり、多彩な展示やイベントを通じてその歩みを発信してきた。2016年より同博物館の指揮を執るのが、館長兼CEOのアン・バロウズさんだ。自身のこれまでの軌跡、JANMが担う使命とその未来への思いを聞いた。
JANMは今年1月より大規模な改修プロジェクトを進めており、展示施設は一時閉館となっている。なぜ、そして、どのように改修が行われるのか。「JANMの建物は約30年の歴史があり、今でも美しく魅力的な佇まいですが、特に常設展の刷新をはじめとした改装の必要性が出てきたのです。その理由の第一は、人々の博物館の体験の仕方が変化してきたことにあります。この博物館では、日本からアメリカへ渡った移民の歴史や、強制収容所の歴史、戦後のコミュニティーの再建、1980年代の戦後賠償運動などの歴史を紹介してきました。しかし歴史はその後も続いていますし、同時に、歴史学の研究や解釈が進化して新たな視点が加わってきたのです。そのため今回の改装は、単なる建物の修繕ではなく、展示内容と方法をアップデートし、来場者にとってより充実した体験ができる空間へと再構築することを目的としています」
約20ヶ月を要する改修工事により、まず正面入り口が大きなガラス張りのファサードのアラタニ・セントラルホールに変わり、光あふれる玄関口が来館者を迎える。これまで2階にあった常設展は1階へ移動し、新設されたロビーから直接展示室へとアクセスできるようになる。展示スペースも拡張され、ワインガート展示室に加え、オフィスや廊下、図書室を再編成し、合計10ʼ150平方フィートの広さへと拡大。建物の構造や展示スペースを一新し、さらに魅力的な施設へと生まれ変わる。「これはまさにJANMにとって新しい時代の幕開けとなるのです。デジタルコンテンツが大幅に増え、よりインタラクティブな体験が可能になります。教育的な要素も強化され、これまでとは全く異なる形で歴史を学ぶことができる展示になるでしょう。とても楽しみです」
2016年にJANMの暫定館長に就任する前は、博物館の運営経験はなく、日系コミュニティとの繋がりが全くなかったというバロウズさん。当時JANM理事長だったノーマン・ミネタ元米運輸長官をはじめとした理事会が着目し高く評価したのは、バロウズさんの「社会正義への取り組み」が大きかったのではないだろうか。
アパルトヘイト時代の南アフリカ 10代で社会正義への目覚め
南アフリカ最大の都市ヨハネスブルグと、世界で最も美しい都市の一つといわれるケープタウンとその周辺の街、マカンダで生まれ育った。「私が育ったのは、アパルトヘイト時代の南アフリカでした。国の中で人種同士が完全に分離した状況下で過ごした私は、10代になると自分の国の不正義に気づき、社会運動や抗議活動に参加することが増えていきました。大学時代には学生運動に深く関与するようになり、自分の政治的信念やリベラルな考え方が家族と対立して一時は家族と疎遠にもなりました」。大学在学中に病院のX線技師として働いていたある時。「あれは1976年に学生たちによる抗議運動ソウェト蜂起が起こった年でした。学生運動は全国へと拡大していきました。救急病棟で職務にあたっていた私は、警察に撃たれた子どもたちが運ばれてくるのを目の当たりにしました。町の子どもたちはデモに参加していただけなのに、警察は彼らを撃ったのです。その衝撃的な出来事が、私に真の意味での政治的目覚めをもたらし、より深く抵抗運動に身を投じるようになりました」。マカンダにあるローズ大学を卒業。南アフリカ全土で大規模な蜂起や組織的な抵抗運動が活発に行われる中で、南アフリカ共和国初の黒人大統領であり、反アパルトヘイト運動の指導者であるネルソン・マンデラ氏の政党であるアフリカ民族会議(ANC)でも活動していた。「当時、ANCは政府によって非合法化されており、同団体で活動することは禁止されていました。そのため、私は非常事態法のもとで逮捕され、約6ヶ月間投獄されたのです。その私を救ってくれたのが国際人権団体であるアムネスティ・インターナショナルでした」
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全米日系人博物館 https://www.janm.org
ディスカバー・ニッケイ https://discovernikkei.org
1961年に設立、世界約150ヶ国で支部を持ち、700万人以上の支援者とともに活動を続けている大きな影響力を持つ国際人権NGO団体の一つアムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)は、人権保護のためのキャンペーンや啓発活動を主としている。「特に当時は、『良心の囚人』(Prisonerof Conscience)の釈放を求める活動に力を入れていました。『良心の囚人』とは、暴力を用いたり扇動したりすることなく、政治的理由で不当に投獄された人々を指します。アムネスティが私を『良心の囚人』と認定したことで、世界中の何千・何万もの人々が南アフリカ政府に対して、私の釈放を求める手紙を書いてくれ、それが私を救ってくれたのです。私は今でもアムネスティが私の釈放を助けてくれたと確信していますし、その後の安全も守ってくれました。どん底といえる困難な時期でしたが、同時に私の生き方を決定づける経験にもなりました」
1990年代初めに渡米、アムネスティ・インターナショナルUSAにスタッフとして勤務、広報活動やキャンペーン、リサーチなどに携わった。一時離れた後に復帰し、アメリカ支部の理事長やグローバル理事を務めている。「アムネスティの活動が社会正義に対していかに重要であるかを、私はよく理解しています。銃暴力への対策、拷問の廃止、不当な投獄に対する闘い、難民・移民の人権擁護、女性の権利など、彼らの取り組む課題はいずれも私の信念と深く結びついています」
JANMの館長兼CEOに
2016年、バロウズさんはJANMの暫定CEOとして迎えられ、その後、正式に館長兼CEOに就任した。「私自身それまでに何度もJANMを訪れたことがありましたし、私の息子も小学生の時にスクールトリップで訪れたことがありましたのでJANMのことはよく知っていました。私は、JANMの理念や活動にとても深く共感しました。JANMの使命である正義のための闘い、多様性への取り組み、文化的・民族的な違いを尊重し高めることへのコミットメント。それらは私にとって深い意義を持つものでした。また、人々を繋ぎ、困難な問題について議論する場を提供する強いエネルギーがあると感じたのです」。日系コミュニティや日本文化との関わりは初めてだったが、ここでの時間はごく自然に馴染み、自らの居場所を見出すことができた。
「長年にわたり、JANMは公民権の象徴としての役割を担い、歴史の教訓を社会に発信してきました。日系アメリカ人が経験した強制収容のような悲劇を、決して繰り返してはなりません。過去の経験や先人の知恵から学ばなければ、同じ過ちが再び繰り返されてしまうのです」
JANMはロサンゼルスの中心地、リトル東京に位置し、多様なコミュニティを繋ぐ場としても機能している。日系アメリカ人コミュニティや日本人コミュニティ、多様な近隣のコミュニティとも良好な関係を築いており、JANMのファンドレイジング・キャンペーンを開始した際には、岸田文雄総理や冨田浩司駐米特命全権大使、ラーム・エマニュエル駐日米国大使(いずれも当時)から支援のメッセージが贈られている。
次世代を担うリーダーを育成
フェローシップ・プログラムを設立
2024年は新たにリーダーシップ・プログラム「ワタナベ・デモクラシー・フェローシップ(Watanabe Democracy Fellowship)」を設立した。「政府、ビジネス、メディア、アート、NGOなど様々な分野で活躍する日本の若手・中堅リーダーと、アメリカのプロフェッショナルとの対話と協力を促進し、グローバルな規模での民主主義の推進と日米関係の強化を目指しています。また、日本の次世代リーダーたちが、日系アメリカ人の歴史を通じてアメリカを理解し、関係を深めることも重要なポイントとなっています」。初年度である昨年は、日本から8名のフェローを迎え、2週間のプログラムを実施。フェローたちは ロサンゼルスとワシントンD.C.に1週間ずつ滞在。ロサンゼルスでは、社会正義に関わる団体の訪問や、JANMでの1日研修、マンザナ強制収容所を訪れ歴史を学ぶ機会などを得た。ワシントンD.C.では、アメリカ政府の仕組みや政府の政策などを学ぶことにより日米政府間の関係の理解を深めるなど、こうした充実したプログラムにより初年度は成功を収めた。今年も第2期の開催が予定されている。「このプログラムの目的は、次世代を担うリーダーを毎年育成することです。選ばれたフェローは、高いポテンシャルを持つ人材として認められています。20年間継続すれば、合計200名のリーダーが誕生することになります。彼らがこのプログラムを通じて得た知識と経験をグローバル社会で活かし、より良い未来を築いていくことこそ、大きな意義があるのです」
また、非営利団体であるJANMにとって、資金調達も重要な取り組みの一つだ。「JANMには30年以上も支えてくれているメンバーや、設立当初から支援してくださっている方がたくさんいます。JANMファミリーの中には、35年もの長い関係を築いている方々がいるのです。皆さんが博物館に深い愛着を持ち、献身的でいてくださることが、資金を調達する上でとても大きな助けになっています」。現在、大規模なファンドレイジングキャンペーンを実施している。このキャンペーンにより得られた収益は、まず一つ目に、博物館の改修と新しい常設展示の設置のために、また二つ目には、全国規模のプログラムの拡充に充てられる。「JANMは全米規模の博物館です。多くの展示やプログラムを全国展開しており、これをさらに強化したいと考えています。また、『ダニエル・K・イノウエデモクラシーセンター』での教育プログラムも強化し、人種やアイデンティティ、社会正義、民主主義の脆弱性といった困難な課題について議論する場を提供していきたい。歴史を学ぶだけでなく、現代社会においてその教訓をどう活かすかを考えることが重要だと思っています」。ファンドレイジングキャンペーンの目的の三つ目は、年間の一般運営資金の確保。魅力的なプログラムを継続的に提供できるよう、安定した資金調達を目指す。四つ目は、基金(エンダウメント)の増強。JANMが遠い未来まで存在し活動を存続できるよう、資産基盤を強化することが重要だ。「また、長年にわたり日本企業から強い支援を受けてきたことは重要であり、日本人の皆様にもぜひ知っていただきたい点です。現在のパビリオン棟の建設も日本企業からの多大な寄付によって実現したのです」
2021年には慈善家、マッケンジー・スコット氏よる1000万ドルの寄付がJANMに贈られた。「私もスタッフもこれには本当に驚きました。ある日、突然電話で寄付のご連絡を頂いたのです。私たちの活動を知って支援を頂いたことに、心より感謝しています」
改装され新たに進化するJANMでは、より多くの人々が 「自分ごと」として歴史を感じ、学び、行動する場を提供していきたいと話すバロウズさん。「私の夢は、日本から来られた方々や日本をルーツに持つ方々はもちろん、様々なコミュニティに属する方や様々なバックグランドを持つ方、どのような方であれ、JANMを自分の『家』と感じてもらえることです。JANMが単なる博物館ではなく、人々の集う場所であり、コミュニティを築く場であり、歴史を振り返り学びのある場所であること。そして何よりも、未来への希望に満ちた場所であり続けることを願っています」。
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