共和党が動き出す 親族をアメリカに呼び寄せる「アンカーベイビー」

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アメリカ101 第194回

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ある程度アメリカに住んでいる在米邦人に、この国の基本的な法的枠組みを記す法規である「合衆国憲法」について何か知っていますか?」と尋ねたら、大部分の人が「読んだことはない」「手にしたこともない」「具体的内容は知らない」と答えるのではないのでしょうか。それでは、合衆国憲法についてはまったくの“無知”であるかというと、そうでもないのです。
「アメリカにで生まれた赤ん坊は、親の国籍がどうであれ、市民権が付与される」という事実を、その法的根拠を知らなくても、“常識”として知っている方がほとんどでしょう。

“移民の国”アメリカらしい、門戸を広く開くという“国是”に沿ったものですが、今回の大統領選挙で、共和党候補の間から、これが「行き過ぎ」だとして、その制限を含む見直しを公約として前面に打ち出す動きが強まっています。「アメリカで生まれた子にはすべてアメリカ国籍を付与」という、国籍に関する出生地主義に基づく方式の法的根拠は、合衆国憲法の修正(補正)第14条です。
親の国籍如何にかかわらず、アメリカ国内で生まれた子どもは、生まれながらにしてアメリカ人(市民権保有)というわけですが、来年11月5日が投票日の今回の大統領選挙で、民主党のジョー・バイデン大統領に対抗する共和党の有力候補のひとりである現フロリダ州知事ロス・デサンティスが、この出生地主義(ラテン語Jus soli)と呼ばれる現行の市民権制度が悪用され、「出生旅行」「越境出産」を促進する結果になっているとして、その見直しを主張しています。

大統領選挙で公約として前面に打ち出し、“純正”の保守派政治家としての立場を確立し、共和党内の大統領指名獲得での支持拡大を狙った動きです。出生地主義を苦々しく思っている有権者が一定数存在するのを受けたもので、デサンティス以外の各候補も同様な路線を打ち出しており、最近の世論調査で同党の指名争いでトップにあるドナルド・トランプ前大統領も、前回の選挙でも主張してきた持論で、自分が“言い出しっぺ”だと主張しており、出生地主義が試練に直面しています。
修正第14条は、19世紀半ばの南北戦争(The Civil War〘内戦〙、War Betweenthe States)のほぼ半年後に議会で承認された修正条項です。それまでの最高裁の判例(ドレッド・スコット)では、奴隷に関しては、アメリカで生まれ、育ったとしても、決して「アメリカ市民」になることはできないとされてきました。しかし、この修正条項により、奴隷とされてきた黒人たちは、法的には、すべての権利を有する市民となります。

そして、その延長線上で、「アメリカで生まれたすべての子ども」が、誕生に伴いアメリカ市民となることになります。だが、「出生旅行」「越境出産」という表現があるように、赤ん坊をアメリカ市民として生むためだけにアメリカに短期滞在し、その後、その子どもが成年して責任能力を有すると、今度は、その子が両親や兄弟を呼び寄せて、合法的な長期滞在の資格を家族ぐるみで取得することが可能となり、最終的には、この子どもが、船の「錨」(anker)のようになるケースも出てきます。親族をアメリカに呼び寄せる「アンカーベイビー」となるわけで、移民急増を苦々しく思う傾向が強い保守的な共和党支持者の間では、従来から、その見直しを求める声があり、今後の展開を注目する必要があるでしょう。

 

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(7/10/2023)

 

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