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アメリカ101 第180回
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このところロサンゼルス・ダウンタウンに近い地下鉄(メトロ)の駅構内で、「クラシック音楽抗争」が展開されています。
それというのも、最近運行中のメトロ車両内や駅構内での薬物乱用が目立っており、メトロ当局は、その取り締まりに躍起となっています。しかし「退治」にはほど遠く、事実上野放し状態とあって、それこそ「藁をもつかむ」といった感じで、大多数が「クラシック音楽を嫌悪し、耳障りだと感じている」という麻薬常用者を構内から追い出すために、ビバルディやモーツァルト、ベートーベンといった古典から、無音階の現代音楽までのクラシックを常時構内スピーカーで流しているというわけです。
ロサンゼルス在住の人々の間では、現在では流石に「ロサンゼルスに地下鉄なんてあるの」という 人はいないでしょうが、実際に通勤通学で利用している人となると、ごく限られた人数になるのでしょう。
そんな地下鉄を運行しているのはロサンゼルス郡都市圏運輸局(Los Angeles County Metropolitan Transportation Authority)で、その傘下にあるLos Angeles Metro Railが路面電車4路線と地下鉄2路線を運用しています。「自動車都市」として世界的に知られたロサンゼルスですが、大都市としての体裁には都市鉄道網が不可欠ということで、これまでに地下鉄(Rapid Transit)としてB路線とD路線が建設され、運用されています。しかし通勤通学に慣れてきたドライバーにとって、職場や学校へのアクセスがよほど便利でなければ地下鉄は利用しないというパターンが定着し、ニューヨークやシカゴといった他の大都市では欠かせない交通手段となっているのに比較すると、「通勤通学時には満員」といった光景はみられず、「ロサンゼルスにも地下鉄がありますよ」といった程度になっています。
とくにCovid-19のコロナ禍で、利用客がますます減少しているのが現状です。さらに、その衰退に拍車をかけているのが、ロサンゼルスの公共交通機関では日常茶飯事である、駅構内あるいは車内での治安悪化です。
これらの駅の中で、最も「悪名高い」のが、ダウンタウンに近い地下鉄駅ウェストレーク・マッカーサー公園駅です。地上に出たところの近く一帯での薬物売買が盛んなところとあって、駅構内での麻薬使用が絶えず、運輸局によると、昨年11月から今年1月までの間に、同駅からは26件の救急車派遣要請があり、6人が死亡、銃撃事件も1件あったとのこと。
このため運輸局では、麻薬関係者を駅構内から排除するために、嫌われているクラシック音楽を構内スピーカーから流すことにしたわけです。
アメリカでは、これまでに都会のコンビニストア周辺でホームレスなどが群がる場所でクラシックを流すことで、これらの人を排除することに成功した事例が伝えられており、これに習うというわけです。
そんなケーススタディーを集大成した「Music in American Crime Prevention and Punishment」(アメリカでの音楽による犯罪防止効果の現状)といった書籍も音楽専門家によって2012年に刊行されており、クラシック音楽の犯罪予防効果は“実証済み”とあって、ロサンゼルス運輸局は、麻薬禍の真っ只中にある駅構内で実践することにしたわけです。スピーカーを通じて流す音楽は、平均83デシベル程度の音量で、芝刈り機使用ほどの音響とのこと。
地下鉄を本来の交通とした利用している通勤・通学客の中にはクラシック嫌いで、「逃げ出したい衝動に駆られる」人もあるでしょうが、駅構内で、これらの音楽を耳にするのは、次の電車が来るまでの分単位の時間を我慢してもらうことで、麻薬使用者に「嫌がらせ効果」を経験させるという狙いです。ロサンゼルス・タイムズ紙が伝えるメトロ当局者の話では、器物損壊といった犯罪がほぼ20%減少しており、「クラシック音楽効果」は着実にみられるようで、さらに効果のほどをみる実証実験を続けるものとみられます。
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(4/4/2023)