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高橋葉仁衣
Hanii Takahashi
NASA, Jet Propulsion Laboratory (JPL) 科学者
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「自然現象に昔から惹かれていました。雪も雷雨も入道雲もとても美しい。地上じゃなく空の上に興味があった」NASAは全米に10ヶ所の研究所を持ち、JPLはそのひとつ。高橋葉仁衣さんは、そこで雲の生態を研究している科学者である。5000人強が働くJPLで圧倒的な人数を占めているのはエンジニア。科学者はわずか2割の狭き門だ。「雲には地球の温度を左右する役割があり、地球温暖化では非常に複雑な働きをします。それを解明することは将来の私たちの生活に直結します」彼女は2030年に打ち上げ予定の衛星INCUSのプロジェクトチームの一員である。「この衛星は入道雲の上昇気流を観測する画期的なミッションです」
彼女がそもそも物理に興味をもったのは、ある先生がきっかけだった。高校の物理の先生は人工雪の研究をしており、雪は天からの手紙なんだよと顕微鏡で雪の結晶を見せてくれた。「こんなにも美しいものがあるのかと」自然現象と対話するためには数学、理解するには物理だよと言われ、夢中になって勉強した。中央大学の物理学科を卒業後、軽い気持ちでアメリカに渡った。「一度の人生、高く飛ぼうと思った」インディアナ州のパーデュー大学で再び学士号を取得。専攻は純粋数学。「すんなりアメリカで物理の修士課程に進めなくて(笑)。語学学校へ通うくらいなら、2年かけてもうひとつ学士取っちゃえと」その後、ニューヨーク大学で純粋数学の修士号を取得。「でも内心はかなり焦ってました。数式解くばっかりで、本来やりたかった自然現象の研究からどんどん遠ざかって行くような気がして」
きっかけになったのは国連へのインターン。そこでは統計学を使って旧ソ連の子供の死亡率を割り出す数値モデルをつくった。「もう研究職への道はないのだな。いっそ日本に帰ろうかなと。でも諦めない限り必ず誰かは見ていてくれるんですね」その時の上司は彼女の頑張りを見ていた。人口統計で博士号をとらないかとニューヨーク市立大学(City University of New York)の教授を紹介されたが、夢を諦めたくなかった。しかしその教授のお陰で、CUNYに雲の研究をしている教授がいることを知る。すべては繋がっていく。そこで博士号取得に費やした3年半は、自分のやりたいことにやっと結びついた喜びの時間だった。在学中にインターンした先がJPLで、ポスドクを経て職員に。「正直言って、これをやったら何に役立つとかあれをやったら出世するとか、そういうことじゃないんです。数学や物理は俗世間から離れた場所にある。私はそれらを使って雲と対話し物の理に近づく。わくわくします。美しいものに触れていると幸せですよ」彼女の目にこの世界はどう映っているのだろうと知りたくなった。
(11/8/2022)
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