「地表のミミズ」と「ピンクの羊」の先に見えたもの

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Vol.53 ▶︎あと少し、耐えらるか?“ネコバス”の幻覚は見たくない!

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不調を訴える胃袋は、もう食べ物は受け付けないと異議申し立てを繰り返す。苦情を受け入れて栄養補給を絶やせば、直にエネルギー切れとなるのは目に見えている。仕方なく食料を口に運ぶ。とは言っても我慢にも限度がある。吐いてしまえば楽になる。しかし走るためのエネルギーを吐き出す訳にはいかない。八方塞がりだ。ミミズと羊を総動員させて考えを巡らせる。

人間の体の中で、一番エネルギーを使う臓器は脳と言われている。そして、その脳の唯一のエネルギー源はブドウ糖である。つまり栄養補給を怠ると、真っ先にへたるのは脳だ。疲労感が増し、もう走るのは止めろという信号を体の至る所に送り始める。難しいことも考えられなくなる(栄養が十分な時でも難しいことを考えるのは苦手だが)。本来であれば、こんな時こそ糖分摂取が必要不可欠なのだが、胃が甘いジェルを受け入れない。ミミズとピンクの羊は考える。思考能力が落ちた脳で考え続ける。そして辿り着いた答えは、「もう何も食べない」。いかにもミミズらしいイージーな答えだ。 最後に食べ物を口にしたのは64㎞地点にあるエイドステーション。それも茹でたジャガイモをひと欠片だけ。それからは、吐かないことを最優先とし水のみとした。有難いことに背中のハイドレーションパックには氷満載の冷水が入っている。エイドステーションでボランティアのマウリシオという親切な青年が入れてくれたものだ。奇しくも息子と同じ名前のこの青年の献身的なサポート、そして温かい言葉が完走へのエネルギーとなったのは言うまでもない。
残り36kmを栄養補給なしという苦肉の策であったが、幸いにも、これが功を奏すこととなる。ミミズ君の単細胞的なアイデアもまんざらでもなかったと言いうわけだ。太陽が西に傾き始めるころには、すっかり元気を取り戻し、夕陽に向かってひたすら走っていた。

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80㎞を超えて尚、エネルギー切れの兆候はない。胃袋も完全復活とは言わないまでも、十分耐えている。心配していた膝の痛みもない。実は、昨年11月に走った100 マイルレースでは、序盤の28マイルあたりから猛烈な膝の痛みに悩まされた。原因はITバンド症候群。所謂、ランナー膝だ。それ以降の数ヶ月間、走るフォームを変えたり、頻繁に臀部のマッサージをしたり、知り合いに勧められたインソールを使ったり、様々な試みをしてきた。今回のレースに当たっては、普段使わないテーピングを太腿から膝にかけて施した。それでも、痛みの再発は大きな不安材料だった。残すところ20㎞。当然、疲労感はあるが、膝の痛みは全くない。何とか持ち堪えてくれそうだ。

ミミズ症候群を抑え込み、ピンクの毛なし羊をなだめすかし、その先に見えた景色。それは傾く夕陽に彩られ、オレンジ色に輝く世界だった。数時間前に見た「代り映えのしない退屈な景色」とは似て非なる、美しい世界だ。ニョロニョロ・トボトボを克服し、新たな自信へと繋がる輝きにも見える。刈り取られ露出したピンクの肌がふさふさの羊毛で覆われる日も遠くないだろう。 やがて陽は沈み、闇がトレイルを包み込む。脳はブドウ糖不足で朦朧としている事だろう。ゴールは近い。あと少しだけ耐えてくれ。夜道でネコバスの幻覚は見たくない。

【最後に・・・】何を隠そう、このローカルレースLeona Divideはウェスタンステイツ・エンデュランスランという、世界で最も権威のある100マイルレースのエントリー資格を得るための大会に指定されている。16時間以内の完走が条件で、幸いにも14時間30分でゴールして、2023年大会への申し込み資格を得た。この後、競争率何十倍という抽選を通過しなければならないのだった。

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暗闇の中、14時間30分でゴール .

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(3/7/2023)


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

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