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  • 手記ケース3<後編> 「雇用主を相手取った訴訟の罠」 ロサンゼルス在住 匿名Aさん(女性)  

    2019年10月30日 あの時何が起こった!?

     私は3日後にロサンゼルスから日本へ帰国します。取り返しがつかないことをしてしまい、おそらく二度とアメリカに来ることもできないでしょう。子どものころから夢だったアメリカ留学を2年もたたずに、あきらめなくてはいけない辛さはこのあと克服できないかもしれません。そんなどん底で落ち込んでいる私が何か他の人の役に立つことはないかと思い立ち、一人でも同じような目に遭う人が増えないよう、ここに匿名で投稿することにしました。   <前編 より>  「オーナーはすぐに違法を認めて示談金を支払ってくる」「訴訟することになったとしても、調停ですぐ和解金を支払ってくる」「弁護士費用は、成功報酬なので事前に支払う必要はない」などのその弁護士からのうまい話に乗せられて、私は雇い主を訴えることを決心。弁護士から言われるままに、何が書いてあるかもきちんと理解せずに契約書にサインしました。しかし、それから一年以上たっても示談や和解の動きも何もありませんでした。そんな中途半端な状況で今後どうなってしまうのか不安におちいった私は、ある無料のリーガルサービスに相談してみることにしました。ですが、ショックだったのは、リーガルサービスで受けた説明は、自分が思い込んでいたこととはまったく違うものだったのです。    大きく違ったことの一つには、私がサインした成功報酬契約書では、弁護士費用は成功報酬でも、裁判に関連する費用はすべて私が負担しなければならないことでした。裁判に関連する費用ですでに5万ドルくらいは掛かっているという説明でケタ外れの金額でした。さらにショックだったのは、私がデポジションを断って途中で訴訟をやめた場合は私が全額支払わなくてはいけないとのことでした。    アメリカでは、このような契約内容はごく普通なのだそうです。さらに、もし示談して和解金を受け取ったとしても私が実際にそのレストランで働いた期間が短いので、私の給料としての取り分は数千ドルしかありません。契約書に従えば逆に不足額を請求されるというのです。契約書によると、私が言われたとおりの金額を支払わない場合は、私個人に対して法的な処置をとることができる。またレストランのオーナーは従業員を長時間勤務させていても、休憩時間やオーバータイム分を支払っていれば違法にはならないし、チップを分けるのも違法ではないのです。    そのような説明を聞きながら、自分の無知さや浅はかさに取り返しのつかないことをしてしまったと愕然としました。私が相談したリーガルサービスの方によると、同様の苦情や相談が後を絶たないそうで訴訟に関して詳しく説明してくれました。たとえ雇い主に多少の法に反する部分があっても未払い賃金の額は少なく、示談金のほとんどは弁護士の取り分になること。訴訟になったら多数の従業員が訴訟に参加しないと、経費負担後の従業員の取り分は驚くほど少額になるのです。    結局、何がわかったかというと、私は弁護士のお金儲けにまんまと利用されたのです。雇い主との和解示談後に、労働条件が改善されることなど弁護士にはどうでもよいことだったのです。私が馬鹿正直に弁護士に言われるままに訴えを起こし、自分で何ひとつ理解せずに行動したことにより、自分自身をどん底に追い込んだのです。    デポジション(証言録取)はレストランのマネージャーやその上の人も立ち合いのもとで行われました。一日では終わらず、個人的なこともたくさん聞かれ、とても辛い思いをしました。それを境に食欲もなくなり、学校へ行くことさえ嫌になってうつ状態になってしまった私は、弁護士事務所を訪れこの訴訟を途中でやめたいと告げました。すると弁護士の態度が急変。訴訟を途中でやめる場合には私が訴訟費用の全額負担をしなければならないことなどを、含みを込めるように次々と言い始めたのです。    私に対しての何万ドルという巨額の請求、法的に何をされるかもわからない恐怖は言葉では言い表せるものではありません。私は自分の夢も何もかもを投げ出して、追い立てられるように、帰国する決心をしました。

  • 手記ケース3<前編> 「雇用主を相手取った訴訟の罠」 ロサンゼルス在住 匿名Aさん(女性)

    2019年10月25日 あの時何が起こった!?

      私は3日後にロサンゼルスから日本へ帰国します。取り返しがつかないことをしてしまい、おそらく二度とアメリカに来ることもできないでしょう。子どものころから夢だったアメリカ留学を2年もたたずに、あきらめなくてはいけない辛さはこのあと克服できないかもしれません。そんなどん底で落ち込んでいる私が何か他の人の役に立つことはないかと思い立ち、一人でも同じような目に遭う人が増えないよう、ここに匿名で投稿することにしました。    私はアメリカに来てまもなく、学校で許可されている時間内の仕事では生活費がまかなえないことに気づき、日本食のレストランでパートを始めました。英会話には慣れていなかったので、日本人のお客様が多く、チップがもらえたので助かりました。そのレストランでのパートを始めて間もなく、カウンターに座る常連のお客様と親しくなりました。いつもわりと暇な時間に来るので、共通の世間話をしたりしていました。そのお客様はいつもキャッシュで支払い、チップをたくさん置いてくれていました。最初はまったく気が付きませんでしたが、今思うとすべて事前に計画したことだったようです。    ある時、偶然このお客様と私の二人きりになった時、「あなたが働いているこのレストランはみんな長時間の仕事をさせられて、オーナーばかりが儲けて労働法違反しているから、私がオーナーに掛け合ってみんなに還元してもらえるようにしてあげるよ」と言って名刺をくれました。名刺を見ると弁護士事務所の方だったのです。確かに一緒に働いている年配のパートの人もいつも仕事がキツいと話していましたし、オーナーは忙しい時には言葉遣いも荒くなるし、労働条件は決して良くないなと感じていました。そこで、何か自分に改善できることがないだろうかと思い、名刺をくれた方の弁護士事務所へ連絡してみました。    弁護士事務所でまず言われたのは、「オーナーに労働法違反を指摘する通知を送付し、未払いのオーバータイム賃金等を請求すること」。さらに「一緒に働いている2~3人のスタッフにも声をかけて同調する仲間を探してほしい」とのことでした。また、その弁護士が言うには「通常オーナーは通知を受け取ると、すぐに違法を認めて示談金を支払ってくる」「オーナーから返事がなく、訴訟することになっても調停ですぐ和解金を支払ってくる」とのことでした。それと、弁護士費用については、成功報酬なので事前に支払う必要はないと言われ、契約書のような書類にサインしました。    そのようなうまい話に乗った私ですが、当時、英語はほとんど読めず、労働法もまったく知らず、成功報酬契約書の内容もまったく理解していなかったのです。そしてその後に起こったのは、最初に弁護士から聞いていた話をくつがえす一連の事柄でした。その事柄とは、私は一緒に働いていたスタッフ全員に集団訴訟をしようと勧誘たものの、結局誰も参加しなかったこと。また、私がオーナーと思っていた人は実は雇われマネージャーで、レストランは会社で経営されており、訴えられたとしても違法なことはしていないのでレストラン側は和解を考えていないこと、でした。    その間、弁護士は 裁判所へ資料を提出したり、専門家を雇ったり、通訳が立会ってレストランのマネージャーを二日間質問したりしていたようですが、本格的に訴訟になったら私は自分の雇用主を訴えた原告ですから、レストランにいづらくなって辞めました。しかし、さらに困ったのは、私が自分の働いているレストランを相手取って訴訟を起こしたウワサがコミュニティにも広まり、その後に働く先を見つけようとしても募集先でことごとく断られ、どこでも働くことができなくなったのです。    そんな状況下である日、弁護士からデポジション(deposition:相手方の当事者や第三者を、公証人の立ち会いの下で、宣誓させたうえで尋問し、証言を録取すること)をしなくてはいけないと言われました。デポジションするということは、レストラン側の弁護士が通訳立会いのもとで私に質問し、その記録は証拠として正式に裁判記録に残るのです。   <後編につづく>  

  • 手記 ケース2「DUI : プロベーション期間中の3度目」 後編 ウエスト・ロサンゼルス在住 JTさん(男性)  

    2019年10月04日 あの時何が起こった!?

    3回目のDUIで逮捕され、まず最初にわかったのは、私が出廷するのはコンプトン裁判所であること。1ヶ月に一度は出廷して検察官などお役所の人たちと話し合いを持たないといけないということ。しかし、ショックだったのは、あまりに裁判にかかる人が多すぎて順番待ちのため、自分の裁判が終了するのは5ヶ月先!まだまだ先の話だということだった・・・。   <前編よりつづく>  そのDUIで逮捕された5年前、ちょうど私は自分の会社が債務を負っていた状況下で、金銭的にも全く余裕もなく、保釈金など払えるはずもなかった。それが一つの理由だったが、三度目の失敗の罪を償うことを心に決めた。そしてカウンティジェイルでの生活が始まった。    裁判判決が出るまでの5ヶ月間、私が寝泊まりしていたのは、あのテーマパーク、シックスフラッグス・マジックマウンテン近くにある郡の留置場。そこから月に一度、コンプトンの裁判所に出廷することを言い渡された。私は最終の判決が出るまで、この留置場から裁判所に5回ほど通った。    私が収容されたのは、刑に処された人が入る刑務所(プリズン)ではなく、判決待ちの人などが入る短期間の留置場(ジェイル)ではあったが、本当にたくさんの人が収容されていた。巨大な敷地は、いくつかの棟に分けられていて、ノース棟、サウス棟、そして私がいたスーパーマックス棟で構成。一つの棟に5万人ほどがいて、部屋がたくさんある。各部屋には2段ベッドが置かれ、一部屋に60人が寝る。留置場内では収容者用の色分けされた服を着用するのだが、私のような軽犯罪者はブルーの服、重犯罪者は映画やドラマでもよく見るようなオレンジ、怪我人や病人は茶色など、細かく分かれていて他の色もいくつかある。    ここにはギャングの人たちもたくさんいたし、ショッピングモール内でスケボーに乗ってセキュリティに捕まり、裁判に行かなかったことで10日間拘留という、やってはいけないことだが重犯罪と比べたら本当にささいなことで入っていた青年。交通違反で裁判に出廷していなくて、旅行から帰ったところを税関で捕まり、そこから直接ジェイルに護送された人というのもいた。    留置場内は、夏は冷房、冬は暖房と快適に過ごせる気温が保たれているし、三食用意され、テレビもある。その他は何もすることがないので、究極に退屈だ。ただ、ここに来てよかったと思うのは、来る前より健康になったこと。以前は血圧も高くメタボ気味だったところが、留置場の食事ときたら食べ物に塩気はまったくなく、毎日豆を食べ、テリヤキが出てもうっすらとしか味のついていない病人用の食事に近いものが出る。インスタントラーメンを買ったとしても、熱湯を犯罪に使われないようにゆるま湯でしか食べられないので美味しくない。タバコも吸えないし、朝もちゃんと起きて、夜ちゃんと寝るために昼寝もしない。そんな規則正しい生活で血圧もかなり下がった。    そんな生活の中で唯一、外出できるのが月に1回のコンプトン裁判所への出廷。これこそは1日が長く感じる苦痛な日だった。朝5時に起きて、3人一つのチェーンに繋がれてバスに乗せられ、LAダウンタウンにあるツインタワーに護送される。ここで各裁判所への仕分けがされる。またバスに乗せられ裁判所に着き、そこでまた長い間待って、話し合いに入る。ものの10分ほどで要件は終わり、またバスに乗ってツインタワーで仕分けされ、夕刻にマジックマウンテン近くの留置場(自分の寝床)に戻る。といったほとんど意味をなさない一日で終わる。    5か月後の判決で裁判長が私に言い渡したのは、罰金などのほか、執行猶予4年、ロサンゼルス郡からの外出禁止。そのために1ヶ月に1回裁判所を訪れ指紋採取を行うことだった。4年間きちんと通った。しかし、同時期にビジネス上での訴訟に負けて自分が保有していた8万ドルも取られ、差し押さえにも遭った。    そして先月プロベーション期間を終えた。そんな状況だったところから、私は手に職を生かして仕事を始め、今また一歩一歩着実に前に進んでいるのです。