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  • 第四十八回 BLM運動に深くコミットする 大坂なおみの行動  

    2020年09月01日 アメリカ101

     さしずめ、時代劇映画でお馴染みのセリフを拝借すれば、「お主、なかなかできるな。只者ではない」ということでしょうか。テニスのスーパースターであるだけでなく、BLM(黒人の命も大切)運動に深くコミットしている大坂なおみ選手のことです。    大坂は、ウィスコンシン州ケノーシャで8月23日に黒人青年ジェーコブ・ブレークさん(20)が背後から警官の銃撃を受けて重体となった事件で、人種差別に基づく度重なる警官による過剰な対応に抗議するとして、賞金28万5千ドルがかかったウエスタン・アンド・サザン・オープンの女子シングルス準決勝を試合を棄権するという決断を下し、「勇気ある行動」として大きな反響を呼びました。新型コロナウイルス感染拡大で一連のテニスツアーが中止となったあとの久し振りのトーナメントでの好調な滑り出しだっただけに、突然のこととして驚きをもって受け止められたわけです。    長年にわたり議論されてきたのが「スポーツと政治」ですが、「選手はスポーツに専念し、政治的発言は慎むべきだ」「選手といえども一人の人格を有する人間であり、発言は自由だ」という両端の言い分があります。しかし大坂は、同オープン主催者のWTA(女子テニス協会)が発言を受けて大会を一日延期したのを評価、棄権を撤回して準決勝に臨み、勝利したあとの記者会見で、棄権表明後の反響の大きさに「少し怖くなった」としながらも、その判断については「難しかったが、同時に簡単だった」「声を上げる必要があると感じたから、その意味では簡単だった」と述べていました。これは、黒人選手が圧倒的多数を占めるNBA(プロバスケットボール協会)や野球のメジャーリグ(MLB)が相次いで抗議の意思表示として試合延期を決めたのに対して、テニス界ではWTAなどが逡巡する中、その決断を促す意味合いもあったとみられます。そして、これは今回のウィスコンシンでの銃撃事件に特に触発されたわけではなく、BLM(黒人の命は大切)運動に深くコミットしている「公民権活動家」としての大坂選手の一面を示すもので、昨年来交際している新進ラッパー・ソングライター、YBNコーデ―さん(23)の影響が強く受けているようです。    YBNコーデ―はノースカロライナ州生まれ、メリーランド育ちで、幼少時から熱心なヒップホップ・ファンで、昨年7月にリリースしたファーストアルバム「The Lost Boy」が高い評価を得て、一躍ラッパーとして第一線の躍り出て、今年1月のグラミー賞ベスト・ラップ・アルバム部門にノミネートされています(受賞は逃す)。昨年NBAロサンゼルス・クリッパーズのホーム試合で出会ったようですが、昨年8月末のUSオープンでは「チーム大坂」の応援ボックス席から声援する姿が写真に記録されています。そして、さらに大坂のBLM支援の姿勢を映すように、このボックス席には、NFLサンフランシスコ・フォーティーナイナーズのQB(クォータバック)だったコリン・キャパニックさんやNBAのスター選手だったコービー・ブライアントさん(今年1月ヘリコプター墜落事故で死去)も顔を揃えるという豪華な応援団で、その人脈の幅広さを示すものでした。また大坂は今年5月の、白人警官によるジョージ・フロイド殺害事件でYBNコーデ―と一緒に、ミネソタ州ミネアポリスの現場を訪れるほどの強い関心を示していました。(次号に続く)     著者/佐藤成文(さとう・しげぶみ) 通称:セイブン 1940年東京都出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。    

  • 8月24日をコービー・ブライアント・デーに制定 オレンジ郡参事会  

    2020年08月12日

    【ロサンゼルス12日】今年1月26日にヘリコプターの墜落事故で亡くなった元NBA選手コービー・ブライアントさんを記念し、オレンジ郡参事会は11日、故人が生前活躍したロサンゼルス・レイカーズ時代のユニフォーム番号「8」と「24」にちなみ、8月24日をコービー・ブライアント・デーとすることを決めた。   ブライアントさんは生前オレンジ郡のニューポートビーチに住み、周辺コミュニティーへ活発に貢献していた。ドン・ワグナー参事は、数々のアップダウンを経験したブライアントさんの人生に言及し、その不屈の精神をたたえたいと話した。    

  • 故人にささげた真剣勝負 初代ブライアント賞にレナード NBA球宴  

    2020年02月17日

    【シカゴ17日時事】プロバスケットボール協会(NBA)のオールスター戦が16日、シカゴで行われ、レブロン・ジェームズ(レーカーズ)率いるチーム・レブロンがヤニス・アデトクンボ(バックス)が主将のチーム・ヤニスに157―155で勝って幕を閉じた。   今回から最優秀選手賞として命名された「コービー・ブライアントMVP賞」には、両チーム最多の30得点を挙げたカワイ・レナード(クリッパーズ)が選ばれた。1月にヘリコプターの墜落事故で死去したコービー・ブライアント氏を悼み、「(受賞は)言葉にならない。コービーに多くのインスピレーションをもらった。今まで僕にしてくれたことに感謝している」とレナード。   第4クオーターはお祭りムードと一線を画した真剣勝負となり、ジェームズは「試合を通してコービーの存在を感じ、プライドを懸けて戦った。参加できたことに感謝している」。故人にささげる勝利を喜んだ。   試合前には亡くなったブライアント氏とまな娘を追悼し、黙とうがささげられた。観客から「コービー」コールが巻き起こり、偉大なスターをしのぶ思いが会場を包んだ。   写真:NBAオールスターのMVPを受賞し、トロフィーを掲げるレナード  

  • 【第十九回】 スター逝く 103歳、カーク・ダグラス

    2020年02月13日 アメリカ101

     カーク・ダグラスが2月5日にビバリーヒルズの自宅で亡くなりました。凡百なスター(星)が珍しくもない映画の都ハリウッドですが、俳優であるだけでなく、映画プロデューサー、映画業界での「赤狩り」タブーへの挑戦者、著作家、慈善事業家、宗教活動家、大スター(長男マイケル・ダグラス)の父親、文民最高の勲章(大統領自由勲章)受賞者といった数々の“肩書き”の持ち主として103歳での大往生でした。文字通り「巨星墜つ」という表現が相応しい存在だったといえます。      アメリカの主要紙での訃報は、当然ながら、主としてその人物の知名度に応じて記事の大きさは違うわけですが、日常の紙面スペースの違いもあって、一般的に日本の新聞に比べてはるかに大きな扱いが特徴です。一定のルールがあり、前週のコラムではコービー・ブライアントの墜落事故死に伴う各紙の異常なまでの報道ぶりに触れましたが、カーク・ダグラスの場合も、各紙とも一面扱いで、このあと数日はその業績を称える記事が続報として掲載されるという超大物待遇となるでしょう。      筆者にとって、物心が付いてから現在まで続く映画への思い入れ、映画ファン、クラシック愛好家として、そしてジャーナリストとして、カーク・ダグラスは欠かせない存在でした。 横浜で中学生だった時に、初めて「壮麗な封切り劇場」の大画面で見た、ジュール・ベルヌ原作のディズニー映画化の作品「海底二万哩」(1954)は、顎に割れ目のある精悍な顔つきの俳優を意識した映画です。 そして潜水艦ノーチラス号のネモ艦長を演じるジェームズ・メイソンが、艦内の壮大なパイプオルガンで演奏したオルガン曲(あとでJ.S.バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」であることを知りました)はクラシック音楽への入門経験でした。      ジャーナリストとしても必見の「地獄の英雄」(Ace in the Hole 別名Big Carnival 1951)は大学生時代に池袋の名画座で初めて対面したように記憶しています。 アル中で大都市の大手新聞社を追われた、あくの強い記者が、ニューメキシコの田舎町で起死回生を図るために、地元の落盤事故で生き埋めになった男の救出作業を故意に遅らせ、特ダネとしてアメリカ全土での大ニュースに仕上げるものの、最後は破滅するという筋書きです。 監督は旧オーストリア・ハンガリー帝国で生まれ育ち、アメリカに亡命するまでベルリンで記者としての仕事もしていたビリー・ワイルダーが脚本も担当しただけに、シニカルな記者像を演じたダグラスの代表作のひとつです。 ニュース報道と人生模様をからませてて、厳しい切り口で描いた作品は、何回見直しても得るところがあります。      プロデューサーとしては、歴史大作「スパルタカス」(1960年)が知られますが、反戦映画の傑作「突撃」(Path of Glory1957)も忘れられません。 地味な題材で興行成績が期待できずにいたスタンリー・キューブリック監督を助けて資金調達を実現させた功績者で、カーク・ダグラスがいなければ実現しなかったかもしれません。 第1次世界大戦でのフランス国内での戦場が舞台ですが、フランス軍部隊内の官僚的で非人間的な司令官を指弾する内容で、フランス政府は「好ましくない」として上映を禁止したといういわく付きの作品です。   著者/ 佐藤成文(さとう・しげぶみ) 通称:セイブン 1940年東京都出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。  

  • 【第十六回】 アメリカとイラン対峙。 中東のアラブ社会/国家の基本的な構図をおさらいしましょう  

    2020年01月24日 アメリカ101

    年明け早々から全世界を揺るがせたのが中東を舞台にアメリカとイランが対峙した一触即発の危機的な状況でした。 英雄視されてきたイラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」トップのカセム・ソレイマニ司令官の米軍による殺害/暗殺に端を発するものでしたが、その背景には年来の両国の対立があります。 大晦日にはイラクの首都バクダッドにあるアメリカ大使館への群集の襲撃があり、敷地内に乱入する有様でした。 当面は、イラン側が殺害の報復として、イラクのアメリカ軍基地に弾道ミサイルを撃ち込んだことで、国内での怒りの高まりへの“ガス抜き”となる一方で、米側の損害が軽微だったためトランプ大統領が軍事的な反応を控え、追加経済制裁にととめたことで、事態は沈静化しました。   しかし両国の対決姿勢には変化はなく、また1月8日のウクライナ航空機の誤射/墜落事故をきっかけに、イラン国内では最高指導者ハメネイ師や革命防衛隊を批判する異例のデモが発生するといった目が離せない局面が続いています。   以上が、直近の中東危機ですが、毎回このような緊急事態が発生すると「中東問題は複雑でよく分からない」という声を耳にします。そこで今回は、取り敢えず、中東のアラブ社会/国家の基本的な構図をおさらいしていきます。   まず、ソレイマニが殺害されたのはイラクの首都バクダッドの空港ですが、どうしてイランの軍高官がイラクにいたのか、それにはイスラム教の宗派抗争がバックにあります。   西暦600年代にアラビア半島で預言者ムハンマドが、唯一絶対の神アッラーの啓示を受けて興したのがイスラム教ですが、その死後、後継者争いで、血縁を重視したシーア派と、言行/戒律を重視したスンニ派に分かれます。同じ宗教内での教派の正当性をめぐる歴史的な争いは、キリスト教のカトリックとプロテスタントがよく知られており、16世紀のフランスでのユグノー戦争、17世紀の30年戦争など、激しい宗教戦争を繰り返してきました。   日本でも一向一揆(15世紀)や法華一揆(16世紀)が有名ですが、イスラム教では主要宗派のシーア派とスンニ派が現在まで抗争を続けています。   イスラム教徒は全世界で約16億人といわれますが、そのうちほぼ85%がスンニ派なのに対し、シーア派は10数%にとどまっており、地域的な勢力範囲はイラン、イラク、レバノンという弧(arc)にまたがっています。 とくにイランにはシーア派の主要な聖地があることから、1979年のイラン革命で王政を倒して成立した「神政国家」イラン・イスラム共和国がシーア派の拠点として、指導的役割を演じています。   革命防衛隊とは、イラン国軍とは別のイラン革命死守が使命の軍隊組織ですが、そのうち、イスラム教の聖地でもあるエルサレムのアラビア語名を付した「コッズ部隊」は、シーア派の国外先兵としてイランの対外工作や諜報活動を担当、各国のシーア派武装勢力にてこ入れしており、そのトップとして君臨してきたのがソレイマニで、年末にかけてのバグダッドの米大使館襲撃を現地で指揮していたようです。   トランプ大統領が指示したソレイマニ殺害は、今年の大統領選挙を意識した政治的な狙いもあるとの見方もありますが、今後の展開次第ではアメリカ内政や中東情勢、世界的な経済動向に多大な影響を及ぼすことは必至であり、事態は流動的です。   著者/ 佐藤成文(さとう・しげぶみ) 通称:セイブン 1940年東京都出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。    

  • 住宅に小型機墜落、炎上 パイロットが死亡  

    2019年11月07日

    【ロサンゼルス7日】アップランドの住宅に7日午前11時頃、小型飛行機が墜落し炎上する事故が起き、飛行機のパイロットが死亡した。同乗者はいなかった。   サンファナンド郡消防署によると、飛行機が墜落した時、この住宅にはカップルとその赤ちゃんがいたが、被害を受けたエリアの反対側の部屋にいたためにケガはなかった。 事故現場から1マイル以内に私営空港があり、墜落した機体がここから離陸した可能性がある。連邦航空局が、事故の詳しい原因を調べている。  

  • トーランスのショッピングセンターにセスナ機墜落  

    2019年09月19日

    【ロサンゼルス19日】トーランス空港を飛びたったセスナ機が19日正午過ぎ、クレンショー通りのショッピングセンターの屋根に墜落する事故が起きた。セスナ機に乗っていた2人のうち、パイロットが死亡し、もう1人は重傷で病院へ搬送された。   被害に合ったショッピングセンターには、レストランやサロン、携帯電話ショップなどが入っており、セスナ機はカリフォルニア・ピザ・キッチンとバーベキュー・レストランの上に墜落したもよう。消防当局が墜落の詳しい原因を調べている。