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  • 快挙で一区切り 「今後は還元を」   KC BEAUTY ACADEMY / KC SALON PRO アートディレクター 徳永 優子 / Yuko T. Koach  

    2019年08月13日 ロサンゼルスで暮らす人々

    TV界最高権威であるエミー賞。第71回を迎えた今年、『アウトスタンディング・ヘアースタイリング』部門で日本人として史上初の4度目のノミネートを果たしたのが徳永優子さんだ。   2010年以来、10年ぶりのノミネートを「今回はいけるかなという予感はあった」と冷静に語る。   16歳から着物を学んだ徳永さんは美容家、和装トータルスタイリストとして雑誌やTV、映画で活躍後に渡米。渡辺謙主演『SAYURI』の着物コンサルタント、『ラストサムライ』の着物指導パフォーマンス、『ドリームガールズ』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』、TV番組でのヘアーを担当するなど、業界では名の知られた存在だ。   この10年で、ドラマからより緊張感のあるライブショーに方向性を変え、今ではライブショーこそ実力を存分に発揮できる世界だと自負する。 感性、そして立体づくり。技術以外に多くの引き出しが必要となるが「すべてが自分の得意とするところ」と胸を張る。  

  • キーワードは“夢” プロデューサー/ アートディレクター 髙野 力哉 |Rikiya Takano  

    2018年11月28日 ロサンゼルスで暮らす人々

     「夢は大きく、心は優しく」。映画プロデューサー/アートディレクターの髙野力哉さんが心の中に大切にしまっていることばだ。小学生時代、洋画好きの父の影響もあって興味は自然に映画へと向いていった。唯一観ていた邦画が『釣りバカ日誌』シリーズ。テレビで偶然観てから、主演俳優の西田敏行さんの作品を鑑賞し始め、気づけばファンレターを何通も送るほどの大ファンになっていたという。ある日、一通の封書が髙野さん宛に届いた。中に入っていたのは冒頭のことばが書かれた西田さんからの直筆サイン色紙。「難しいことばではなかったし、素直に心に響いた」というこのことばを、これまでの人生でずっと励みにしてきた。  映画に携わりたいという気持ちは小学生から一貫して変わっていない。初めての映画制作は小学校の授業の一環で監督を務めた作品だった。以降、学園祭用の作品に役者として出演したり、脚本を書いたり編集をしたりと、さまざまな形で毎年1本は映画作りをするようになった。将来の道が決まったのは、中学校3年生のとき。文化祭で17分間の米国ドラマのパロディを制作した。監督、脚本、編集などほぼすべてをゼロから自分の手で行い、上映が終わった瞬間に大きな達成感を感じたという。「あのときに、企画を立て、話し合いを重ねて計画を詰めていくことにやりがいを感じる自分には制作が向いていると気づいた」。以来、ずっと一つの夢を追い続ける。  ロサンゼルスへやってきたのは2015年のこと。ハリウッド映画『ラストサムライ』を観て衝撃を受け、俳優・渡辺謙さんの活躍を見て「日本人でも米国で活躍できる可能性があるなら、本場のハリウッドで挑戦したい」という思いが芽生えた。LAではCSUノースリッジ校で映画制作を専攻し、アートディレクターとして参加した卒業制作作品『アマール(Amal)』は大学代表作に選出された。現在は制作会社に所属するかたわら、フリーランスとしても活躍。TVシリーズ『Musashi』やNetflixのTVショー『Hyperdrive』など複数のプロジェクトに携わっている。「撮りたいのはノンフィクション映画。実話を元にしている作品は人生を語るものが多く、観る人は自分の人生を照らし合わせる。一本の映画で人生の選択肢を与えるような作品を作りたい。観た人がメッセージを感じてくれ、考えさせることができればと思う」。キーワードは〝夢〟。自身が西田さん、渡辺さんからインスパイアされたように、だれかにとって夢の実現や将来につながる何か、あるいは勇気、元気を与えたい。髙野さん自身の夢は、そんな作品をプロデュースしていくことである

  • 「デザインとは、領域のない表現」 グラフィックデザイナー 原 研哉 |Kenya Hara  

    2018年05月03日 ロサンゼルスで暮らす人々

     日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として表現・発信することにより、日本への深い理解と共感の裾野を広げていくための海外拠点事業「ジャパン・ハウス」は、昨年よりロサンゼルス、ロンドン、サンパウロの3都市に事業拠点を開設し、展示スペース、シアター機能のある多目的スペースなどをオープン。現在、ハリウッド・ハイランドセンター内にあるジャパン・ハウス・ロサンゼルスの展示ギャラリーでは5月23日まで「TAKEO PAPER SHOW『SUBTLE―かすかな、ほんのわずかの』」展を開催。ジャパン・ハウス総合プロデューサーであり、本展示のキュレーター兼ディレクター、日本を代表するグラフィックデザイナーである原研哉さんに話を聞いた。  「このギャラリーでは、日本を紹介することを趣旨として、数ヶ月を会期とする日本からの巡回展や、現地のキュレーターによる展覧会を開催する計画となっています。私がデザインの世界に入った頃は、展覧会を作って海外で巡回できる場所を設けるのが難しかった。今後はこのジャパン・ハウスが、日本の若い才能や可能性を海外で表現したり発表できる場所になれればと思っています」  岡山県出身、武蔵野美術大学大学院デザイン専攻を修了後、日本デザインセンター入社、現在同社代表。長野オリンピック開・閉会式プログラム、EXPO2005愛知公式ポスター、無印良品アートディレクションなど数多くのデザインを手掛け、独自の視点を広告やプロダクト、空間デザイン、催事計画など、常に新しい活動領域で表現してきた。「私は、デザインとは本来一つのものであって、グラフィックとか空間デザインなどと、完全に分けられるものではないと思っています。ですから領域に関係なくあらゆることをデザインしていくように自然になっていきました」  中でも、株式会社竹尾の企画「竹尾ペーパーショウ」に長年携わり、29歳から6年間ほど同企画のアートディレクターを担当。そこで加工技術や印刷技術などを深く掘り下げ、紙にまみれて過ごした時代は、自分の初期のデザイナーとしての中核をなしていると話す。「昨今では、紙は印刷メディアという言われ方をして、古い媒体だと思われている節がありますが、私は、紙は、いつも人間の身の回りにあって、人間の創造意欲を触発してくれるとても大切なものだと思っています。紙は白くて汚れやすく壊れやすい。しかし人間はその紙の上に黒々と墨で文字や絵を描いて物を作り続け、成功もして、失敗もしてきた。今回の『SUBTLE―かすかな、ほんのわずかの』展は、見ていただけると、感覚の目盛りが十倍くらい細かくなるような、繊細で静かであるけれど同時に大きな衝撃力がある、そんな展覧会になっているんじゃないかと思います」。