連載・コラム テリー伊藤の東京チャンネル

編集: Weekly LALALA - 2019年10月03日

 「カメラを止めるな!」より面白い

 映画界2018年最大の話題作となった上田慎一郎監督。

「カメラを止めるな!」制作費300万円、動員数220万人、興行収入31億円突破となったことは記憶に新しい。

その上田監督にお話を聞いた。もちろん新作を見させてもらってからの対談となった。(「アサヒ芸能」での対談)

最初に、あれ程の話題作の次回作なのでプレッシャーはどうだったのか尋ねたところ「ノイローゼになるくらい毎日しんどい思いをしました。でもそのノイローゼが新作のヒントにもなったんです。」と。

いや~流石転んでもただでは起きない!  

 

作品のあらすじを紹介しよう。売れない役者である主人公が、数年振りに再会した弟から俳優事務所に誘われる。

そこは役者の仕事の他に、依頼者から受けた相談や悩みを役者によって解決してゆくという仕事があった。

ある日カルト教団から旅館を守って欲しいという依頼が入る。

ヤバイ連中相手に計画を練り、作戦を遂行してゆくのだ。前回の「カメラを止めるな!」と同様、最後の最後まで観客が気を抜けない程、楽しみ満載の作品となっている。

 

映画を見た感想として、監督にこんな質問をぶつけてみた。「なぜ無名の役者ばかりを使うのですか?」「美男美女の役者が全然でてこないのは何故ですか?」と。監督は即答してくれた。

日本の映画は美男美女ばかり出すぎでリアリティをあまり感じられないんですよ。

ビッグネームだと、作品に感情移入できづらい場合が多く、今回は悩み多き集団なので、実際に悩みがありそうな役者さんを選んでみました!」と明快な答えが返ってきた。

確かに最近の日本のテレビは、時代劇でも正義から悪役まで若手俳優は全員美男子だ。

そんな作品を見ているとどこか白けてしまう。

そのうち忠臣蔵の赤穂浪士の仇役 吉良上野介を木村拓哉あたりがやり出すかもしれないし、水戸黄門を少年隊の東山がやり出すこともあるだろう。

まぁ~それはそれで見てみたいが・・・

 

そんな「なんでも美男美女」の時代に、一石を投じる上田監督の演出家としての考え方に強く支持したい。

作品の出来も素晴らしい。

実は「カメ止め」を見た時、二作目はどうかなと心配していたが、まったく杞憂に終わった!

ズバリ私の評価は「カメ止め」よりも面白い、エンターテイメントとしても素晴らしい!だ。

 

上田監督は元々ハリウッド映画から多くの影響を受けたと言っていたが、まさにハリウッド映画を彷彿させる作品となっている。

今のところ全米での公開は決まっていないので、日本に来た時には是非見てください!

関連記事:その他のテリー伊藤の東京チャンネル

  • ロンドンタクシー買いました

 

    ロンドンタクシー買いました  

    2020年09月17日 テリー伊藤の東京チャンネル

    また私の無駄遣いが始まった。車を買いました。私自身こんな車を買うとは思っていなかったのですが…買ってしまったのです。心の奥に本当は欲しいと思う気持ちがあったのかもしれません。   その車とは〝ロンドンタクシー〟です。イギリスに行ったことがある人は誰もが知っているあの黒塗りのクラシックスタイルのタクシーです。 ある日車雑誌で見つけてしまったんです。  

  • 外へ飛び出せ藤井聡太!!

 

    外へ飛び出せ藤井聡太!!  

    2020年09月10日 テリー伊藤の東京チャンネル

    将棋の藤井聡太棋聖が木村前王位に勝ち二冠となった。若干18歳である。更に最年少で八段に昇段した。タイトル保持数では将棋界第2位に躍り出たのだ。 将棋の世界では、タイトルを持っている人に段で呼ぶことはない。タイトルをひとつでも持っていれば、その称号で呼ばれる。18歳の少年は藤井君でも、藤井さんでも、藤井八段でもない。8大タイトルがある以上、彼の実力を持ってすれば、今後5年、10年地位を保持し続け、日本中にそう呼ばれるだろう。   これって本当に凄いことですよね。昔から「地位がその人を作る」と言われているが、藤井王位はその輝かしい名称の中でどう生きていくのだろう。  

  • 舞妓さんのことも助けたいけれど・・・

 

    舞妓さんのことも助けたいけれど・・・  

    2020年09月02日 テリー伊藤の東京チャンネル

      私は読売テレビ午後の情報番組「ミヤネ屋」の生放送に時折大阪に行くのだが、新幹線が相変わらず大変なことになっています。お客さんがまったく居ないのです! 5月の緊急事態宣言の時には、東京の日本テレビからのリモート出演でしたが、最近はまた大阪まで行っています。   大阪の感染者数が増える毎に乗客数は減っています。先週も私が乗る朝の大阪方面行きの車両には5、6名、夕方の東京方面は2、3名で、名古屋を過ぎると私ひとりぼっちになってしまいました。これってJR本当に大丈夫なんでしょうか? 車内販売の売り子さんが何度も通るのですが、売れている気配がない。車掌さんも警備の方も何となく手持無沙汰。それだけではない。新大阪駅のキヨスクも商品が山積み。 政府はGo Toトラベルキャンペーンで地方に旅行に行こうと推奨しており、政府の気持ちもよくわかります。そう、世界に誇る日本の新幹線が危機に陥っているのです。   先日京都に行ったのですが、あの清水寺に観光客の姿がまったくありませんでした。夕暮れ時に境内を歩いていると、江戸時代にタイムスリップした気持ちになりました。日が沈むと普段は華やかな灯りと舞妓さんで賑わう祇園の町にも人通りはほとんど無く、ふらふら一人で歩いていると辻斬りに殺られるのではないかという気分になるほどでした。   実は私、忠臣蔵の大石蔵之介が吉良上野介陣営を欺くために遊興したと言われる、祇園の中でも最も格式の高い由緒あるお茶屋さん「一力亭」に行くことができました。   テリー、なんでそんな凄いお茶屋に行けるのか、と言われそうですが、実は私の大学時代の同級生のお嬢さんが「一力亭」に嫁に行き、今や立派な女将になっているというツテがあり、嬉しいことに芸者さんと舞妓さんを呼んでもらえることになったんです。(もちろん一見さんの私はお金を出していません)   そこでもちょっと悲しい出来事がありました。芸者さんも舞妓さんもマスクをしていたんです。これって粋(いき)じゃないですよね。さすがに芸者さんにマスクは似合いませんでした。気を取り直して話を聞いてみると、コロナ騒ぎでお客さんがなかなか来てくれないと寂しそうな表情を見せていたのです。   「よ~し、オレが助けてろう」と言いたいところですが、ここは京都。明日東京に帰らなくてはならない。っていうか、一力亭で遊ぶ財力はないので、すごすごと帰ってきました。 それにしても、さすが一力亭の芸者さんと舞妓さん、京都弁が上品だったな~。   100年に一度と言われる疫病騒動はこんなところにまで影響を与えているのですね。リモート芸者遊びというのも味気ないし。新型コロナウィルス早く消えてくれないかな。早くワクチン開発されないかなぁ。   このLALALAを読んでいる皆さんの中にも、日本に帰れずに困っている方も多いと思います。一緒に祈りましょう。新型コロナよ早く消えてくれ~!!    

  • Vol.474
渡哲也は「浮浪雲」になりたかったのではないか

 

    Vol.474 渡哲也は「浮浪雲」になりたかったのではないか  

    2020年08月28日 テリー伊藤の東京チャンネル

    日活のアクションスターとして多くの映画に出演した他、「大都会」「西部警察」などで人気を集めた俳優の渡哲也さんが、8月10日都内の病院で肺炎のため亡くなった。78歳でした。連日各ワイドショーでは渡さんの人柄を知る多くの人が話をしています。 「初めて会った時、あれほどの大スターだったのに、席を立ってわざわざ挨拶してくれた。」など、温かい人柄を紹介している。石原裕次郎さんが倒れた後の献身的な態度や、石原プロ・石原軍団を引き継ぐ姿はまさに男の中の男、誰しもがあんな風に生きたいと思わせる圧倒的な魅力のある存在でした。    私と渡さんとの出合いは、石原プロが『第二の裕次郎を探せ!』のオーディションを開催した時でした。石原プロから声がかかり審査員の一人として参加させてもらいました。とは言っても、渡さんと実際にお会いしたのは3回ほどです。穏やかな立ち振る舞いや礼儀正しさは噂通りでした。でも、もしかしたら渡哲也の人間像は違うのではないかという気がします。    1978年テレビ朝日で放送された「浮浪雲」(原作:ジョージ秋山、主演:渡哲也)では、主人公の「雲」の役が渡哲也の本質をついていた気がしてならなかったのです。幕末時代の江戸東海道の宿場「品川宿」で問屋を営み、妻と2人の子供との4人暮らしの生活だった。主人公「雲」は、仕事もせず酒好きで女好き、いつも遊んでばかりいて、動乱の時代の最中にも関わらず、あくせくせずゆったり時を過ごしていた。しかしいざとなったら剣術は強く、まさに昼行燈の男であった。渡哲也とは本当はこんな男だったのでは。仕事もあまりしたくない、家でのんびりと大好きな焚火の前でその火をずっと眺めながら人生過ごしたかったのではないでしょうか。石原プロに入り、裕次郎亡き後軍団を率いた人生は、自身が思い描いていたものだったのだろうか。    本人の意思から、世間に公表したのは8月10日死去の4日後でした。あの愛弟子舘ひろしにも知らせることが無かった。もちろん舘ひろしや石原プロのスタッフも、立ち会えずに無念の思いもあったと思うのですが、渡さんとすればまた裕次郎さんと同じような盛大な葬儀や七回忌はやって欲しくないと思っていたのでしょう。残された人達に、葬儀を挙げなければという使命感を持たせたくなかったからでしょう。渡さんにとってはそんなことより、それぞれが自分の生き方を見つけて生きて欲しいと願っていたのでは。    日活時代の同志吉永小百合さんのお別れのコメントがとても興味深かった。「夏の海が大好きだった渡さんは、泳いで泳いで恒彦さんのところへ行ってしまったのではないでしょうか。ご冥福を心からお祈りします。」この言葉はとても意味があると思いました。仕事仲間だった裕次郎さんのところではなく、弟の恒彦さんのところへ。そう、故郷兵庫県淡路島の海で釣った魚を焚火で焼いていることだろう。もうそこには西部警察のパトカーも、サングラスも、ショットガンも無い。渡哲也は「浮浪雲」に戻ったのではないでしょうか。    

  • 大人になったら
ショッカー軍団に入ろう

 

    大人になったら ショッカー軍団に入ろう  

    2020年08月20日 テリー伊藤の東京チャンネル

    子供の頃、男の子は誰しも一度は仮面ライダーに憧れたものだ。変身ベルトによって(時代によって違うが)本郷猛から仮面ライダーに変身する。さっそうとバイクにまたがり、ショッカー軍団と戦う。ライダーキックで悪を退治する。戦後日本のテレビ界が生んだ大ヒーローだ。   1971年よりスタートした特撮シリーズは、今なおテレビや映画にとその時代時代の子供達の永遠のヒーローとなっている。 そして悪とはショッカー軍団だ。子供達は仮面ライダーに心を奪われるのだが、ショッカーに思いを持つ子供はいない。