連載・コラム ロサンゼルスで暮らす人々

編集: Weekly LALALA - 2019年08月21日

自信と反骨心で世界王者目指す

プロボクサー
岡田 博喜 / Hiroki Okada


 

 

高校でインターハイ、国体の2冠を達成し、プロ入り後も日本Sライト級王座、WBOアジア・パシフィック同級王座を獲得など順調にキャリアを積み重ねる岡田博喜さん。米国大手ボクシングプロモーション、トップランク社と昨年8月に3年の契約を結んだ (Photo credit: 角海老宝石ボクシングジム)

 

 

7月中旬から、通算3度目となるロサンゼルス合宿を行うプロボクサーの岡田博喜さん。キャンプ、試合を含めて5回目のLAは「ここでは強い相手とスパーリングができるし、明日はだれとやるんだろうという張り詰めた空気は、日本ではなかなか味わえない。その雰囲気を味わいつつ緊張感を持ってやれている」と、充実の日々を過ごす。


昨年8月、米国の大手ボクシングプロモーション、トップランク社と3年の契約を結んだ。日本人では2人目という大きな出来事だが、「なぜ僕なんかにオファーが来たかいまだに不明」と笑う。

 

米国デビューは昨年9月。カリフォルニア州フレズノで判定勝利を収めた。今年2月には再び米国のリングに登場し、元世界王者相手にプロ初黒星を喫したものの「負けたけど収穫があった」と、気持ちはより前に向いた。

 

米国では客の反応がシンプルだ。いい試合は称えられ、内容の悪い試合ではブーイングが飛ぶ。ファイトマネーも高く、「ここでがんばって大金を目指したい。次、日本でやるのは引退試合のとき」という覚悟でアウエーでの戦いに挑んでいる。

 

Kー1の魔娑斗選手にあこがれ、中学2年でボクシングを始めた。高校3年時にインターハイと国体の2冠を獲得。

大学ではボクシング部の監督と合わずに一度は競技を辞めた。それでもボクシングが好きで、ジムに入会した。

「プロになるつもりはなく、スパーリングがしたかっただけ」だったが、ある日、ジムのマネジャーから「プロ登録しておいた」とライセンスを渡された。

いつのまにか決定していた試合は「マジかよと思ったけど、もうやるしかない」と腹をくくって臨み、TKOで白星デビューを飾った。

 

“いつのまにか”でプロになったが、今でもリングに立ち続けているのは「ボクシングが好きだから」。周囲の期待に応えたいという思いも大きい。

「デビュー戦で勝って『次もがんばれよ』と言われたとき、ああ、応援してくれているから裏切れない、という気持ちがわいた」と振り返る。

上を目指していたわけではない。しかしやればやるほど欲が出てきた。日本王者になり、東洋、アジアランキング入りを果たすとタイトル獲得。

「気がついたら世界ランクに入っていて、もう目指すところは世界しかない」というところまで来た。今の“最低”目標は世界挑戦。「もちろん世界王者になりたいけど、それは最終目標」と話す。

 

ボクシングを始めてから「自分に少し自信が持てるようになった」という。

「一つのことをやり通す強さや反骨心が身につき、自我が確立した。やっていてよかった」と語る視線の先にあるのは、世界の頂点だけだ。

 

今年2月、フレズノで行われた米国2戦目でプロ初黒星を喫した。しかし「あの試合の後からボクシングに対する引き出しだったり、精神力は上がっている。次の試合でそれを出したい」と話す

 

LAでのキャンプは今回で3度目。「殺伐とした」雰囲気の中でスパーリングをこなし、力をつけている

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  • 患者のために行動する

それが私のプロフェッショナル

Scripps Memorial Hospital La Jolla
心臓外科オペ室ナース


成相 麻子
Asako Nariai


 

 

    患者のために行動する それが私のプロフェッショナル Scripps Memorial Hospital La Jolla 心臓外科オペ室ナース 成相 麻子 Asako Nariai    

    2020年04月02日 ロサンゼルスで暮らす人々

    「心臓の手術は必ず一旦心臓をとめなければなりません。やるべきことがすべて終わって再び心臓が動き出す瞬間に立ち会うときが最もやりがいを感じるとき」冷静なやや低い語り口から繰り出される彼女の言葉には心を鷲掴みにされた。 がんの手術は機能を取り除く喪失であるのに対し、心臓は機能を回復させる手術。 「喪失ではなく回復だから好きなんです」なるほど。そんな風に世界が見えているのか。   成相麻子さんが医療の世界に進んだきっかけは「高校の保健の先生が個性的で面白かったから」卒業後は先生と同じ聖路加看護大学へ進学。看護大を出ると看護師・保健師の免許がとれ、保健師免許で産業保健師(民間企業勤務の保健師)として働くこともできる。 「それがわかった上で進学しました」しっかりした人だ。   卒業後は東京の虎の門病院に勤務した。12年在職したうち後半6年間は心臓外科オペ室(手術室)主任。 オペ室ではない他のフィールドに挑戦したいと思っていた矢先、夫の渡米が決まる。 「米国の医療現場で働けるというのは私にとってチャンスなのでは」前向きな彼女はそれを好機と捉えた。当時「キャリアを捨てることが恐くなかったのか」と尋ねたことがある。彼女の答えを忘れたことはない。 「12年かければこれだけのことが出来るという自信があった。日本を離れても努力すれば私はひとかどの人物になれると信じていました」   2016年渡米。彼女はその言葉通りの人生を突き進む。 子供を育てながら勉強し、2017年12月加州の看護師資格を取得。2019年9月からナーシングホーム(医療を受けられる介護施設)で働いた。 ずっとオペ室で働いてきた分、異世界だった。歯がない高齢者の言葉は分かりにくく、認知症患者は話の筋道がなく理解するのに苦労した。しかしこの時間が彼女の世界を広げる。「最初は不本意なフィールドでも経験を積むことは大事です」   同年12月に現在の職場Scripps Memorial Hospitalに転職。心臓外科オペ室のナースとして再び働き出した。毎日3~6件の開心手術を4部屋でまわす。   日米の医療現場の違いを聞いた。「患者に訴えられることもあるので、特にカウント・記録には気を使います。オリエンテーションでマスシューティングへの対応や興奮した攻撃的な患者家族への対応をロールプレイで学んだのはカルチャーショックでした」 オペ室の緊迫したなかでも敢えて空気を読まず言葉に出して確認する。「患者の安全のために一つずつのコミュニケーションが何より大切。だから流してしまった時は落ち込みます。患者のために行動できるかが私の存在意義ですから」   彼女を貫く信念はどこまでも真っ直ぐだ。その信念が今日も誰かを救っているんだろう。  

  • ママになっても
才能を活かしてほしい

マリンバ奏者

高田 直子

Naoko Takada
 


 

    ママになっても 才能を活かしてほしい マリンバ奏者 高田 直子 Naoko Takada    

    2020年03月26日 ロサンゼルスで暮らす人々

    ぽわん、ぽろん、ぽろろん。まるみを帯びた深い音色。スタジオに続く木製扉の前で耳を澄ませて立ち止まった。 マリンバという楽器をご存知の方はどれくらいいらっしゃるだろう。マリンバは、いわゆる木琴の一種。木琴の音は固く乾いた音であるのに対し、マリンバのそれはやわらかい。   マリンバ奏者の高田直子さんのスタジオを訪れた日は、空には雲ひとつなかった。開け放たれたドアの向こうにマリンバが見える。想像よりもずっと大きい。ビブラフォンもドラムもピアノもあった。光が注がれる楽器はどれも本当に神々しい。   マリンバはピアノよりも鍵盤数が多く感じたので尋ねてみると、すぐさまピアノの前に座り「そんなことないです。ほらね」と慣れた手つきで弾いてくれた。 なるほど、マリンバとピアノはまったく違う楽器にみえるが、考えてみれば同じ鍵盤打楽器だ。たたくことで音を出す。   出会いは8歳。母親と一緒に行った雛祭りコンサートだった。「最初は大きな家具だなって(笑)そこで聴いたのは『熊蜂の飛行』でした」 マリンバに出会ってしまった直子さんは「習いたい」と親に頼んだが、最初の頃は一時的なことだろうと相手にされなかった。けれども変わらぬ情熱に母親は「1回だけね」と約束して教室に連れて行ってくれた。   その1回が2回になり3回になった。そのうちに忘れるだろうと思った親の期待とは裏腹に、彼女の熱意は薄まるどころかどんどん増した。 父親は、新聞紙を切って音の出ない即席マリンバを作ってくれ、彼女はそれで練習した。 遂にマリンバを買ってもらったとき、あまりの嬉しさにマリンバの下で寝たほど。   先生についてめきめきと力をつけた彼女は、11歳で初めて舞台に立った。しかし中学の時に一度マリンバを辞めている。「舞台に立って以降は、周りからプロになるの?どうするの?と何度も聞かれ、それがすごく嫌だったんです」   早稲田大学の心理学科に進み、一年間の交換留学でカリフォルニア大学ノースリッジ校(CSUN)を訪れたことがその後の運命を大きく変える。早稲田を中退し、CSUNの音楽学科に編入し、再びマリンバと向き合う日々が始まったのだ。   「一日6時間、5年間集中すればプロになれる」と信じ、昼夜問わず練習に身を捧げた。 当時の自分の言葉をどう思うかと聞いたら「生意気だったと思います」と笑った。   2002年、ニューヨークで開かれたヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝したことを機にプロとして始動。「20代のときは仕事を選べなかったけど今は選ぶことができて幸せ。子供と過ごす時間が何より大事です」   交換留学初日に出会ったご主人との間には2人の可愛い子供がいる。「才能があるのに子育てでやめてしまう人を私はもったいないと思う。 ママになっても自分の才能を活かしてほしい」彼女の演奏に勇気をもらう理由がわかった気がした。  

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    2020年03月13日 ロサンゼルスで暮らす人々

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    2020年03月04日 ロサンゼルスで暮らす人々

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