連載・コラム らららトピック

編集: Weekly LALALA - 2019年08月16日

越乃寒梅×NASCAR
メインスポンサーとして初登場

 

7月26日に開催されたアイオワでのNASCAR K&N PRO SERIESで、日本が誇る銘酒『越乃寒梅』がメインスポンサーとして初登場。同シリーズに参戦する唯一の現役日本人ドライバー古賀琢麻(右端)と、『越乃寒梅』を造る石本酒造の石本龍則社長(左端)が既知の仲であることから実現した  

 

 

日本を代表する日本酒『越乃寒梅』が、7月26日にアイオワで開催されたアメリカ最大のカーレースNASCAR K&N PRO SERIESのレースに、メインスポンサーとして初お目見えを果たした。

NASCARは1周約0.8~3kmまでのさまざまなコースを約200周以上走るレースで、狭いコースを時速300km近い高速で2~3時間走るため、クラッシュも多く非常に危険で過酷なレースとして有名だ。

 

『越乃寒梅』の大きなロゴをボンネット上に掲げたレーシングカーでレースを走行したのは、NASCARシリーズ戦に唯一フル参戦している現役日本人ドライバー、古賀琢麻だ。

2018年はNASCARプロシリーズへフル参戦し、NASCAR史上アジア人最高位のシリーズランキング9位を獲得。今季はシボレーからトヨタワークスへと移籍し、過去に何度もシリーズチャンピオンを獲得している『PP1M』で参戦する。

 

古賀が『越乃寒梅』を造る石本酒造(新潟県)の石本龍則社長と既知の仲であることから、今回の『越乃寒梅』のNASCAR初登場が実現した。

 

実は、石本社長は大のアメ車ファン。子どものころから米国のアニメや車などのサブカルチャーが好きで、ドラッグレースやNASCARを観ながら育ったという。

年齢を重ねるにつれて、計算され尽くした米国のサブカルにどっぷりとハマり、伝統を守りながらも新しい技術が加えられていく車のエンジンに魅せられていった。

 

古賀と石本社長の出会いは1年前。Facebookで知り合い、その後、新潟で初対面し車の話で大いに盛り上がった。

『越乃寒梅』のロゴマークは、2019年の第1戦から古賀のレースマシンのサイド部分に付けられており、先月のアイオワでのレースで、初めて最も目立つボンネット部分にメインスポンサーとして登場した。

古賀は「日本のメーカーの漢字のロゴを付けた車がNASCARで走るのは史上初めてのこと」と喜びを隠せないようすだった。

 

このレースで、念願のNASCAR生観戦がかなった石本社長は「音がすごいし迫力に圧倒された。アバウトな中にも見え隠れする繊細さ、会場全体のエンターテインメントぶりに感激した。今後も古賀選手を応援していきたい」と興奮気味に話していた。

 

『越乃寒梅』は現在、海外展開にも力を入れており、20年前から北米に輸出をしている。

アメリカで奮闘する古賀の姿が、日本酒を世界に伝えようとする自社の取り組みと共感する部分が多かったため、協賛を決めた。

 

写真上:『越乃寒梅』にてお清めをし、レーシングカーの無事を祈願

写真下:ボンネットおよびサイド部分に『越乃寒梅』のロゴがあしらわれたレーシングマシンを古賀が走らせる

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Eugene’s LIVE TALK

野村 祐人 × 鈴木 一真
「新たに湧き立つ役者魂」

 

 

    Weekly LALALA 対談シリーズ Eugene’s LIVE TALK 野村 祐人 × 鈴木 一真 「新たに湧き立つ役者魂」    

    2019年08月20日 らららトピック

    野村祐人:一真くんと出会ったのは1994年だから、もう25年前? 時が経つのは本当に早い!   鈴木一真:その頃、僕はモデルの仕事をしていて、俳優に転向しようと思い立ち、この先生から演技を学べば個性を伸ばせると評判を聞いて入門したのが奈良橋陽子さん主宰のUPS(アップス)アカデミーでした。それが祐人との出会いでした。   野村:僕が二十歳の時に主演した映画『800(はっぴゃく)』(94年)の廣木隆一監督の次の作品が、一真くんのデビュー映画作品『ゲレンデがとけるほど恋したい』でした。僕は廣木監督と仲が良かったというのもあってその作品には出演してないけど、打ち上げに呼ばれて一緒に飲んだのを覚えています。そこから一真くんは、日本で役者の道を歩んできたわけだけど、4年前には文化庁新進芸術家海外留学制度で渡米して、ロサンゼルスを拠点に活動をスタートしました。LAではどのような活動をしていたんですか?   鈴木:本格的に英語での演技の勉強をしたいと思って1年間文化庁のプログラムでLAに来ました。その1年はアクティングスクールで学んだり、劇団に所属してプロモーションや照明など舞台の手伝いや、真田広之さんやマシ・オカさんなどハリウッドで活躍する方々からお話を伺ったりもしました。また、ご縁があってファッションショーの演出も経験しました。   野村:LAをはじめハリウッドでの経験を日本のエンターテイメントに役立てようということですね。   鈴木:そうなんですけど、1年間の研修期間を終えてみて、まだまだ勉強が足りないなと感じました。役者としてはもちろんですが、この機会に徹底的に英語を学びたいと思いました。僕は高校を中退してこの世界に入ったので、これまでの自分の実績を論文にして高卒の資格を取得できる制度を利用し、サンタモニカカレッジに入学して勉強していたのですが、それでも足りなくて他のカレッジにトランスファーして卒業しました。   野村:その行動力はすごい! 年齢を重ねて、仕事やプライベートで忙しくしていたら、なかなか大学で学ぼうなんて本当に難しいと思う。   鈴木:アメリカの大学は若者だけじゃなくて、幅広い年齢の学生やいろんな国の学生がいるからすごく刺激をもらいましたね。それでもまだまだ英語力が伸びないから、卒業後は週に1、2本は様々なオーディションを受けたり、インディーズ映画やショートフィルムに出演して鍛えています。   野村:いやぁ、自分では気づいていないだけで、絶対に英語力は上がっているはず。英語で台本を読んだり、セリフを覚えたりするのは大変ですから。   鈴木:先日の撮影現場では、もちろん英語のセリフだったんですけど監督が日本語を混ぜた芝居を見てみたいと言ったんです。それを監督が気に入って、言葉は通じなくてもけっこう伝わってくるよって言ってました。僕も久々に日本語で芝居をして、新鮮で楽しかったな。   野村:いいね、なんか楽しんでる。   鈴木:いや、もがき苦しんでるかも(笑)。   野村:僕も今その苦しみをオーディションを受けたりして、感じてるところなんです。先日は映画のオーディションで統合失調症の人を演じた。すごく惜しいところまで行ったんですけど、受からなかった。でも今また自分の中でふつふつと役者魂が復活してきた感じなんです。ところで、一真くんはアメリカでオーディションを受けていますが、情報はどこから得ているんですか?   鈴木:大作はマネージャーから連絡が来ます。インディーズ作品はアクターズアクセスというウェブサイトがあるので毎日チェックしています。コマーシャルやモデルのオーディションは専門のエージェントからですね。   野村:アメリカでの仕事をしながら、日本の仕事はどのように? 僕もそうだけど、海外に住んでいると日本とのスケジューリングって難しいですよね。   鈴木:この1年ほどはこちらでオーディションをたくさん受けているので、日本からのオファーはほとんど受けられていないのが正直なところ。日本の所属事務所が理解してくれているのはとても感謝しています。   野村:今、ハリウッドではアジア系の役者の需要が上がっていて、アジア人の役が増えてきているんですよ。『Crazy RichAsians(邦題:クレイジー・リッチ!)』といったアジア人だけが出てくる作品がヒットしたり、日本人役も『ラストサムライ』から少しずつ注目されるようになった。以前は、日本人役を中国人の俳優が演じていたりしていたけど、だんだんモラル的、文化的にも見直されて、本物の作品を作るにはやはり日本人は日本人が演じた方がいいという傾向になっています。本当にグローバルになってきてちょうど変換の時だと思うけど、これから挑戦してみたい役柄とか作品とかありますか?   鈴木:最近アクロバットを習っていて、もっとバク転、バク中、トルネードなどを極めて、アクション映画にも挑戦してみたいですね。それともう一つは、僕には日系三世のはとこがLAにいるんです。彼らは70代で、僕が子供の頃から憧れていたファミリーなんですが、第二次大戦中の辛い経験を僕に話してくれました。彼らのような日本人の血が流れていながらアメリカで生まれ育ち、辛くも逞しく生き抜いた方々を広く伝えていきたいという思いがあります。   野村:僕は、自分がプロデュースを手掛けた映画『終戦のエンペラー』のプレミア試写会をLAで行った際に、日系アメリカ人の方もいらっしゃって、様々な厳しい意見をいただきました。日本人としてのアイデンティティ、そしてアメリカ人としてのアイデンティティの狭間ですごくジレンマのある方もたくさんいると思う。「戦争」というテーマ一つ取っても様々な見方がある。そこには葛藤や憎しみ、悲しみがあったり、だけど友情や人情みたいな温かいものも生まれていたかもしれない。物作りをする僕たちが、映画というフィルターを通して人々の人生や歴史を伝える代弁者になれればなとは思います。  

  • ケリー・スレイターのSurf Ranchで9歳のキッズサーファーがパーフェクトライディング

    ケリー・スレイターのSurf Ranchで9歳のキッズサーファーがパーフェクトライディング

    2019年08月15日 らららトピック

      11回の世界タイトルを獲得、47歳の今も現役プロサーファーであるサーフィン界のキング、ケリー・スレイターは、カリフォルニア州のレモーに、テクノロジーとネイチャーを駆使して開発したウェイブプールを作りだした。 ここは、ケリー・スレイターのSurf Ranch(サーフ・ランチ)として知られており、様々なワールドコンペティションやサーフイベントなどが開催されている。   世界トップのハイレベルなサーファーらが多く波に挑むこのサーフ・ランチで6月、パーフェクトライディングをみせたキッズサーファーがいる。   ハンティントンビーチ生まれ育ちの9歳、五味渕 陽良(ごみぶち・ひら)。 彼は6月18日にサーフ・ランチで開催されたケリー・スレイターのアパレルブランドOuterknown の「Outerknown Brand Day」より招待を受け、この日の最年少としてサーフィンをするチャンスを得た。   与えられたのは、1本きりの波に乗る一発本番勝負。大人でも簡単にクラッシュしてしまう難易度の高い波を小さなボディは、いとも鮮やかに縫っていく。 生まれながらにして地元トラッセルズといった世界最高峰の波に慣れ親しんできた陽良にとって、人工の波も自然の波も何ら違いはない。 乗った波を完璧に乗りこなした彼には、ブランドから「Wave of the Day」の賞とトロフィーが贈られた。   このサーフ・ランチでは9月には五十嵐カノア選手が参加するSurf  Ranch Proも開催される。テクノロジーの進化や時代の流れとともに、サーフィン業界にも様々な変化が現れる。 こういった革新的サーフスポットから次世代レジェンドサーファーが誕生していくこともまた、その変化のひとつといえるだろう。  

  • 世界のトップライダーが集結!
VANS US OPEN OF SURFING 2019 
in ハンティントンビーチ開催

7/27(土)~8/4(日)


 

    世界のトップライダーが集結! VANS US OPEN OF SURFING 2019  in ハンティントンビーチ開催 7/27(土)~8/4(日)  

    2019年07月23日 らららトピック

    2015年に大原洋人が日本人初の優勝、ハンティントンビーチ育ちの五十嵐カノアが一昨年、昨年と二連覇の大快挙を遂げ、日本人プロサーファーの活躍が目覚ましいVans US Open of Surfing。   その世界的サーフコンテストが今年も7/27(土)~8/4(日)までハンティントンビーチピアで開催される。   1959年にWest Coast Surfing Championshipとして第一回大会が開催され半世紀ほど続くこの大会は、開催期間中50万人を超える観客を動員し、ビーチタウンは人、人、人で溢れかえるほどの巨大イベント。   サーフィンのほか、スケートボードやBMXのコンペティションも開かれ、映画のプレミアや車のショー、スポーツブランドの製品デモやサンプル提供といった多数の関連イベントがピア周辺を大いに賑わす。   海では、各地から集まってきたスターサーファーたちがダイナミックなライディングを繰り広げながら競い合う、そんな世界最高峰のモーメントをキャッチすることもできるのがなんといってもこの大会の醍醐味。   とにかく開催の9日間は、ザ・カリフォルニアの灼熱感に浸れるのも間違いなし。   各種目のスケジュールが公開されているので、まずは公式ウェブサイトでお目当てのプログラムをチェックして足を運んでみてはどうだろう。   ■7/27(土)~8/4(日) ■Huntington Beach Pier Main St. & Pacific Coast Highway Huntington Beach CA 92648 ■www.vansusopenofsurfing.com  

  • ボクシング・WBC世界スーパーバンタム級王座統一戦

レイ・バルガス VS 亀田和毅

白熱のファイトウイーク in ロサンゼルス

7/10~7/13


 

    ボクシング・WBC世界スーパーバンタム級王座統一戦 レイ・バルガス VS 亀田和毅 白熱のファイトウイーク in ロサンゼルス 7/10~7/13  

    2019年07月16日 らららトピック

    夏日が続く7月の第二週目、7月13日に開催のボクシング・WBCスーパーバンタム級王座統一戦「Rey Vargas(メキシコ) VS Tomoki Kameda」をはじめ、他階級の試合も含めた全8組のファイトが行われるにあたり、会場周辺のカーソンシティでは熱いファイトウイークが繰り広げられた。   まずその週の水曜日7月10日を皮切りに連日、メディアやパブリックを招集してのスケジュールが組まれ、一日目はシャドーボクシングを披露するなど軽めの練習を公開した後に囲み取材、二日目には亀田選手と対戦相手であるバルガス選手が出席しての記者会見が行われ、亀田選手は「念願だったこの戦いに挑める好機を実現してくれたWBCと、ゴールデンボーイプロモーションに感謝しています。アメリカの地で、さらにアメリカ人とメキシコ人の多いロサンゼルスで試合ができることに、スーパーわくわくしています!この4ヶ月の厳しい練習と調整で、この上ないくらいコンディションはいい状態に準備できています」と話し、また対戦相手のバルガス選手に向かって「チャンプ!お前はチャンピオンか?お前はメキシコ人か?だったら、お互いチャンピオン同士、メキシコ人らしい面白い試合を思いっきりやろう!」と宣戦布告をし双方が激しい睨み合いで火花を散らした。   試合前日にはカーソンのダブルツリー・バイ・ヒルトンで計量が行われ、メディアや一般が見守る中、亀田選手は300グラムアンダーの55・0キロでクリアした。 7月12日は亀田選手の28歳の誕生日でもあり、計量前にはサプライズでメキシコの伝統民謡楽団マリアッチが登場し和やかな演奏で祝福ムードに包まれた。