連載・コラム 地球を走る

編集: Weekly LALALA - 2021年04月07日

 

地球を走る

Vol.25  ロサンゼルスマラソン カリフォルニア州

 

 

コロナに負けるな!11月7日大会開催決定

 

 

ハリウッドを後にして、サンセット・ブルバードを下り、ビバリーヒルズ、ロデオドライブを駆け抜け、18マイル(29㎞)付近。センチュリーシティーで例年楽しみにしているのが、ジュニアハイスクールのチーアーリーダー達。以前、私の娘がハイスクールでチアーリーダーをしていたこともあって、いつも、とても微笑ましい気分でこのエリアを走る。

 

マイルを重ねて行くうちに、スタート地点では薄曇りだった空から太陽が見えてきた。気温が上がりはじめ、周囲のランナー達はかなり辛そうだ。21マイル(33㎞)辺り。高架のフリーウェイをくぐる100メートルほどの日陰では、ストレッチをしながら、小休止している数人のランナーの姿が見える。ここまで、人の波をかき分けて体力は使ったものの、ペース的には比較的スロー。という事で、これからが本番。カフェインの効いたジェルを摂り、ラストスパートの準備をする。その前に・・・例年、ここから数ブロック先で振舞われるチョイ飲みビールは、何とも嬉しいギフトである。

 

青い海まで真っすぐ伸びた一本道、サンビセンテ・ブルバードは、多くのランナー達のお気に入りのセクションだ。22マイル(35㎞)から25マイル(40㎞)間の約5㎞に渡って、道幅の狭い緩やかな下りが続く。疲労が極限に達しているランナーにとって、緩い下りと、間近から掛けられる声援は天からの贈り物のように心に響く。


 

疲労困憊したランナーたちを横目に、カフェインに次いで、冷えたビールを喉に流し込みゴキゲンな私は、快調にここでも抜きまくる。緩い下りを駈け下りると、太平洋が眼下に見えてくる。最後の一マイルは、青空を背景にパームツリーが茂る、オーシャン・ブルバード。ゴールは間近だ。この時、晴れた空から降り注ぐ太陽に希望を見出したのは、私だけだろうか?海から吹く風を頬に受け、かつて経験したことがないほど、すがすがしい高揚感に包まれてゴール。サンタモニカの空は、どこまでも青く、完走したランナー達を称える様に輝きを放っていた。

 

 

2021年の大会は、現在のところ、11月7日への延期が決まっている。ワクチン接種者が増え、感染者も減って来た。一日も早く、ビフォーコロナのように世界中でさまざまな大会が開催されることを心から望んでやまない。

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈けまわる毎日。

「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 

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    2021年03月31日 地球を走る

    延々と続く人波を右へ左へと動きながら走る事、数マイル。人混みから解放され、周囲に目を配る余裕が出てくると、沿道で声援を送る多くの人たちが見えてくる。ハリウッド・ブルバードにはコロナ危機にも関わらず、例年同様に多くの人たち。米国は移民の国。人種の坩堝(ルツボ)として知られているが、その中にあってもロサンゼルスはかなり特殊だ。人種・国籍の多様性のみならず、ホームレス、不法移民、億万長者、LGBTなど、本当に様々な人たちが暮らしている。ロサンゼルスの街を貫くLAマラソンのルートはまさにその縮図。

チャイナタウンに始まり、ダウンタウンのホームレスが集うテント村。すぐ前には、Students Run LA (SRLA)という、低所得家族を支援する団体からのサポートを受けて走る中高生の集団。レース中盤では、ターバンを頭に巻いてオレンジを配るアラブの人たち、ベランダに掲げたレインボー旗の横から声援を送るゲイのグループ。ロデオドライブの見るからにリッチなマダム達。これらの人たちがボランティアとしてレースをサポートしたり、疲れ切って歩いているランナーに励ましの声を送ったり。コーナーを曲がるたびに、異なった文化やバックグラウンドを持つ、多種多様な人達から送られる暖かさを、肌で感じる事が出来る。普段は別々のコミュニテーで暮らし、触れ合う機会の少ないこれらの人々。ロサンゼルス・マラソンは、ランナーへの応援を通して、これらのコミュニティーを結ぶ絆の役割を果たしてるとも言える。
   コロナ危機が叫ばれる今大会でも、ボランティアの人々の献身的なサポートや、沿道からの声援が変わることはない。ゴールを目指して走るランナーへの鼓舞と共に、家に引き籠らずにレースをサポートすることによって、「コロナに負けないぞ」と、自らを励ましている様にも見えた。

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    2021年03月25日 地球を走る

    スタジアム・トゥー・ザ・シーの名で親しまれた、ドジャーススタジアムからサンタモニカまで名物コース。2010年から11年間続いたが、2020年の大会をもってその幕を閉じた。2021年からセンチュリーシティーでゴールを迎える新たなコース、スタジアム・トゥー・ザ・スターズがお披露目されるはずだったが、パンデミックの影響で延期を余儀なくされ、11月7日の開催が発表されている。今回はビフォーコロナ時代の世界最後の大規模大会となった第35回LAマラソンを振り返ってみよう。   ニューヨーク、パリ、ロンドン、などと並んで世界のトップクラスに入る規模の大会への参加者は約2万7千人。ロサンゼルスの街を見下ろす小高い丘の上にある、ドジャースタジアムをスタートし、サンタモニカで青い海と多くのギャラリーに迎えられゴールする、聞いただけでも心が躍るコースである。   昨年の3月、コロナの感染者が増え始め、大会開催中止が懸念されていた。一度、開催が決定された後もレース日の対策は如何なるものかと少々身構えていたが、その対策はというと、ボランティアの人たちの殺菌剤利用の徹底、スタート・ゴールを含むコース上への殺菌剤の設置、ハイタッチなど人との接触は避けるようにする、周囲の人たちと出来るだけ距離を取る、という極めてシンプルなものだった。   当日は早朝にドジャースタジアム入り。ジェルなどの携行品を再確認し準備完了。私にとって10年連続出場となる記念すべき大会。過去9回とは異なった一面を見るべく、敢えて最後尾からのスタートを選んだ。恒例のアメリカ国歌に次いで、待望のカウントダウン。アー・ユー・レディー ?スリー、ツー、ワン、ゴー!・・・10分経過。最後尾の人の群れが前進する気配はまったくない。漸くコービー・ブライアントのユニフォーム姿で、3つのボールをドリブルしながら歩くオジサンの背を見ながら、スタートゲートをくぐった時には、既に27分が経過していた。人がまばらな下り坂を駈け下りる事、10分程度。前方に大勢の人が見えてくる。そうこうする内に、周りは人だらけ。前も後ろも横も、人、人、人。車社会のロサンゼルスで、これほど沢山の人に一度にお目に掛かれる機会はそう頻繁にはない。チャイナタウンは通勤時の新宿駅の様相だった。

  • 寄り道・・・ そして冷えたビール

 

    寄り道・・・ そして冷えたビール  

    2021年03月17日 地球を走る

    滝の間近まで行き飛沫を浴び、湿原でを花々を楽しみ写真を撮り、川の冷水で体を冷やす。そして駈ける。次回来る時のキャンプサイトの下見をし、見晴らしの良い所で小休止して軽食。そしたまた駈ける。日暮れまでには未だ暫く時間がある。ヒデゥン・トレジャー。隠された宝石を思わせる、ローンパイン・レイク。トレイルから数百メートル逸れた崖っぷちに、ひっそりと佇んでいる。午後の太陽が澄み切った水を透し、浅い湖底を照らしている。いくつもの魚影が見える。ミラーレイクの例のカップルが、Unbelievably Beautifulと言っていた湖。誇張は無かった。

雪解け水が花崗岩の表面を流れ落ち、小石や土でろ過されながら不純物を取り除き、やがて、この湖に辿り着く。水は澄み切っている。対岸までは200~300mほどだろうか。小さな湖だ。見る角度によって微妙に水の色が違って見える。ぐるりと一周できるルートがあると言っていた。時間はある。周ってみよう。   まだ陽のあるトレイルを駈け下りていると、例のカップルが前方に見えてきた。追いついて、改めて挨拶をし、礼を言う。「全部まわったの?」、驚いた表情で二人で顔を見合わせている。全て回れるとは思っていなかった様だ。トレイルヘッドまで、残すところ1~2マイル。今朝、午前3時に恐る々暗闇のトレイルを歩き始めてから、随分時間が経った気がする。空を見上げる。日没までには未だ時間がある。ザックからヘッドランプを取り出す必要はなさそうだ。ポータルの売店でビール売っているだろうか?ビールを楽しみに、また駈ける。走る事によって見られる景色がある。走る事によって行かれる場所がある。そして、走る事によって得られる時間がある。急いでいる訳ではない。少し歩みを早める事により、より多くのものを見ることが出来る。パンデミックにより、当たり前に謳歌していた自由や日常が、一瞬にして吹き飛んだ。改めて感じるのは、今自分に与えられた時間、自由を精一杯エンジョイすること。後で悔いが残らぬよう、思う存分、寄り道をする事。人生を豊かにする方法は、人それぞれである。然し、私の人生にとって、「寄り道」が欠く事の出来ない、とびきりのスパイスである事に疑いの余地はない。      

  • 走る者だけが見られる、そんな景色がある

 

    走る者だけが見られる、そんな景色がある  

    2021年03月10日 地球を走る

    10年前には17時間を要したホイットニー山登頂、今回は、往復の目標タイムを12時間と定めた。その一方、タイムを競うレースではない事は十分理解しており、朝焼けに染まる空や、4000メートル級の峰々の雄大さを時間に捕らわれる事なく、楽しんできた。出発直後の闇の中でこそ、目標タイムを気にしていたが、夜が明けてからというもの、刻一刻と変わる景色を目にし、12時間のタイムが、自分にとって何の意味も持たない事を悟った。ここまで、安全に走れるところを慎重に見極めながら駈けてきた。然し、それはタイムを気にしての事ではない。走る事によってのみ、見える景色がある。それを楽しむためだ。ランナーズハイと呼ばれるものか、体内でエンドルフィンなるものが大量放出されるためか、難しい事は分からない。然し、走る事に集中していると、感性が研ぎ澄まされ、周囲のものがいつになく輝きを放って見える事を、経験的に知っている。   下山の途中、ミラーレイクのビーチくつろぐ若いカップルに会った。2泊3日でのホイットニー山チャレンジの帰途だという。女性の方は4回目、男性の方も3回目のホイットニーだ。今回も、途中で高所順応を兼ねて一泊。2日目に山頂へアタック。途中まで下山し、もう一泊。ゆったりと過ぎる時間のなかで、大自然を思う存分満喫していた。幾度となくこの地を訪れ、知識豊富な二人。「ここには是非立ち寄るべきだ」、「あの湖は信じられないほど奇麗だ」、と惜しげも無い様々なアドバイス。タイムを気にすることが、如何に無意味なことかを、改めて気付かせてくれた。アドヴァイスを反芻し、ふと考えた。陽が高いうちに回れるだろうか?
今こそ、山道を走る術を身に着けているトレイルランナーの本領発揮だ。とりあえず駆けてみよう。目の前には、ヨセミテバレーを思わせる絶景が広がっている。三方をそそり立つ花崗岩に囲まれた湿原では、植物が、高地で生きる生命力を誇るように、緑々と輝いている。今朝、この辺りを通過したのは、おそらく午前5時頃だろう。10年前も往復とも闇の中だった。漆黒のベールに覆われていた景色が、今は燦々と降り注ぐ午後の太陽を浴びて、想像もしなかった色彩を放っている。何本もの小川が流れ、そのいくつかは滝となり岩肌を洗っている。広く開けた平野には、所々季節外れの花が咲き、赤い幹を持つ松の巨木群がそれを見下ろしている。

  • 最高峰山頂からの"オレ、オレ"電話

 

    最高峰山頂からの"オレ、オレ"電話  

    2021年03月03日 地球を走る

      頭痛がひどくなっている。4000メートルを超えているのは間違いないだろう。荒々しい岩肌と散乱する瓦礫。不安定な足元。油断すると足を挫き、下りで地獄を見る事になる。足を覆っているのは、トレッキング用のブーツではなく、軽量のトレイルラン用のシューズだ。当然、くるぶしのプロテクションはない。走って下山するつもりで敢えて、このシューズを選んだ。一瞬、後悔が頭をよぎるが、斜面を風を切って疾走する喜びには代えられない。 山頂では10名ほどのハイカーが思い思いの時間を過ごしている。寝転がって休む者、写真を取る者。すぐ横にいる30歳くらいのハイカーは、先ほどから何人もの友人に電話をしている。携帯の電波があること自体が驚きだが、この男の行動もなかな面白い。聞き耳を立てていた訳ではないが、大声で、「おれ、今アメリカ本土で一番高い山の頂上から電話してるんだぜー。デナリ山じゃないよ、ホイットニー山。それじゃまたねー」と言って、次から次へと電話を掛けている。嬉しい気持ちはよくわかる。数分前までは、頭の痛みに耐えながら、重い足を引き摺り歩いていた。山頂の小屋が視界に入った瞬間に感じたのは、もう登らなくてもいいという安堵感だ。今この瞬間、アメリカ本土で一番高い所にいるという事実は、何とも言えない優越感を与えてくれる。登頂までに要した時間は約7.5時間。下りのルートを頭に思い描く。瓦礫部分は歩く。滑落の危険があるところは慎重に。スイッチバックは落石禁物で無理はせず。それ以外の緩い傾斜は走る。4.5時間~5時間と言うところだろうか? 途中の湖や川で水補給をしながら、高山植物が地面を覆うエリアを、時に歩き、時に駆けて降りてきた。視界のすぐ先には、針葉樹が生い茂る森林限界下の林が広がる。