連載・コラム 地球を走る

編集: Weekly LALALA - 2021年02月10日

 

地球を走る Vol.17 グランドキャニオン

念願のR2R2完走後に待ち受けていたのは?

 

ヘッドランプのスイッチを点ける。まだ明かりがなくても何とか歩けるが、それもほんの数分の事だろう。渓谷内の闇は深い。これから訪れる漆黒の闇。孤独な闇に不安がないと言えば嘘になる。今回は最大光力500ルーメンの心強い見方がある。多少なりとも不安を和らげる手助けとなるだろう。闇は静かに、そして容赦なく訪れた。一歩、もう一歩と足を前に進めてさえいれば、いつかは必ずゴールに着く。暗闇から妙な鳴き声が聞こえる。時折、目玉のように光るものが見える・・・。

 

サウスリムにあるロッジの明かりが見えてきた。残すところ、1キロ程度だろう。あと僅かで、今回のチャレンジも終わる。思い返せば長い一日だった。何度見ても感動に値する景色を充分堪能した。多くの人に励まされた。始める前には大きな不安もあった。闇の中ではマウンテンライオンの恐怖もあったが、無事ここまできた。

ロッジの光が大きくなってくる。リムに誰かいるようだ。人の声が聞こえてくる・・・。最後の緩い傾斜を上りきると、平坦なトレイルヘッドに出た。遂に念願のR2R2Rを完走した。しかし、そこにメダルはない。人々の歓声もなければ、祝福の言葉もない。あるのは極限に達した疲労と安堵感。そして、それらを遥かに上回る達成感。左腕のガーミンに目をやる。タイムは17時間21分を表示している。「いま何時だ?」疲労で思考能力が更に落ちている。指を使って計算し、漸く午後9時51分であると分かった。ここからマスウィックロッジ前に停めた車まで、数百メートル歩くのみ。喜びと、満足感に浸りながらの数分間のビクトリーランならぬ、ビクトリーウォーク。

十数時間前にロッジ前に停めた車が見えてきた。「車の鍵どこに入れたっけ?」思い出せない・・・長い夜になりそうだ。



 

 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈けまわる毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

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      頭痛がひどくなっている。4000メートルを超えているのは間違いないだろう。荒々しい岩肌と散乱する瓦礫。不安定な足元。油断すると足を挫き、下りで地獄を見る事になる。足を覆っているのは、トレッキング用のブーツではなく、軽量のトレイルラン用のシューズだ。当然、くるぶしのプロテクションはない。走って下山するつもりで敢えて、このシューズを選んだ。一瞬、後悔が頭をよぎるが、斜面を風を切って疾走する喜びには代えられない。 山頂では10名ほどのハイカーが思い思いの時間を過ごしている。寝転がって休む者、写真を取る者。すぐ横にいる30歳くらいのハイカーは、先ほどから何人もの友人に電話をしている。携帯の電波があること自体が驚きだが、この男の行動もなかな面白い。聞き耳を立てていた訳ではないが、大声で、「おれ、今アメリカ本土で一番高い山の頂上から電話してるんだぜー。デナリ山じゃないよ、ホイットニー山。それじゃまたねー」と言って、次から次へと電話を掛けている。嬉しい気持ちはよくわかる。数分前までは、頭の痛みに耐えながら、重い足を引き摺り歩いていた。山頂の小屋が視界に入った瞬間に感じたのは、もう登らなくてもいいという安堵感だ。今この瞬間、アメリカ本土で一番高い所にいるという事実は、何とも言えない優越感を与えてくれる。登頂までに要した時間は約7.5時間。下りのルートを頭に思い描く。瓦礫部分は歩く。滑落の危険があるところは慎重に。スイッチバックは落石禁物で無理はせず。それ以外の緩い傾斜は走る。4.5時間~5時間と言うところだろうか? 途中の湖や川で水補給をしながら、高山植物が地面を覆うエリアを、時に歩き、時に駆けて降りてきた。視界のすぐ先には、針葉樹が生い茂る森林限界下の林が広がる。      

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    2021年02月24日 地球を走る

    ヘッドランプの明かりが数メートル先の足元を照らし出す。トレイルは漆黒の闇の中へと続いている。怖くないと言えば嘘になる。数百メートル先に、かすかに動く明かりが見えた。孤独な山中で、僅かな光を通して感じることの出来る、人の存在。それだけで、恐怖心は和らげぐ。一歩、また一歩と足を前に進める。同じ暗闇でも、夜に向かう闇と、数時間後に夜明けを迎える闇とでは、それを構成するものが僅かに異なる。渓流を流れる水の音が心地く響く。辺りはキンモクセイのような香りで満ちている。周囲を見回すが、それらしいものは見当たらない。気が付くと、先程まで闇の中で存在感を放っていた、周囲の木々が無くなっている。森林限界線を超えたらしい。トレイルの表面も土から岩に変わっている。Tree Line。森林限界線を英語ではこう呼ぶ。この辺りのツリーラインは、3000メートル付近だ。周囲の景色が見えない暗闇。知らず知らずのうちに数百メートル上ったようだ。行く手に目を凝らすと、鋭利な刃物で削いだような峰々が、幻の様に佇んでいるのが見えた。「夜明け」という言葉は、「希望」の同義語として使われることが多い。薄紫から、徐々に赤みを帯びてくる空。何層にも重なった色調の美しさに見入るとともに、孤独な闇を乗り切った安堵感で、暫しそこに立ち尽くす。二次元的なシルエットだった東の山々が、日が昇るにつれて、立体感を伴って、その存在を主張し始める。大自然が作り出す壮大な光の芸術が、そこで繰り広げられている。トレイル上には大小の瓦礫のような花崗岩が散乱し、とても道とは言い難い。時折、前後を確認し、他のハイカーの存在を確かめる。10年前、この辺りでは雪上ハイクだった。辺りを見回すが、雪の形跡は全くない。地球温暖化のせいだろうか?大小の灰色の岩々に覆われた世界。美しいという表現は似付かわしくない。その荒々しい岩肌と散乱する瓦礫は、まるで生真面目な巨人が、コツコツとノミで山を削った、残骸の様だ。      

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      2020年8月下旬、ホイットニー山4421m へのチャレンジの機会を得た。アラスカを除く、アメリカ本土の最高峰である。10年前にその頂を踏んでいる。その後、何度も入山許可証の抽選に申し込んできたが、見事にハズレ続きだった。5月から10月末までの期間、入山が認められるのは、日帰りハイカー100名、キャンパー60名。合計で一日に付き160名と狭き門だ。今年も性懲りもなく申し込んだが、またしてもハズレ。ところが、一緒に申し込みをした友人は、運よく初めての試みで当選した。その友人は、コロナ禍でどうしても都合がつかなくなったが、「ぜひ使ってくれ」という事で、念願の入山許可証をゲットした。 10年前は4名の友人が一緒だったが、今回はソロでのチャレンジとなった。 トレイルヘッドは、ホイットニー・ポータルと呼ばれる、標高2552メートルの針葉樹が茂る森の中にある。滝から流れ落ちる水と、渓流のせせらぎが、マイナスイオンをこれでもかと言うほど放出し、気持ちの良い空気に満ち溢れている。近隣の街ローンパインから、ポータルへ続く一本道。道の両側に広がる荒涼とした大地。これがまた美しい。古くから多くの西部劇の撮影に使われてきたという。隊列を組む幌馬車と、岩陰に潜み、襲撃の機会を待つアウトローたちの姿が目に浮かぶようだ。
素通りするのは勿体ない。砂埃舞うトレイルに足を踏み入れた。 翌朝、午前3時。ヘッドランプを灯し、闇と静寂に包まれたトレイルに向かった。ここから山頂までは、約18キロ、標高差1869メートル。そこが折り返し地点である。孤独に支配されたトレイルに鈴の音が響く。ポータルには、熊注意の警告が至る所にあり、出発前には、車中にあった食べ物や、歯磨き粉など、匂いのするものは全て、備え付けのベアーキャビネットの中に保管してきた。用心に越したことはない。単独行動の場合はなおさらだ。熊よけの鈴と合わせて、熊撃退用のペッパースプレーも準備している。

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