連載・コラム 地球を走る

編集: Weekly LALALA - 2021年01月20日

地球を走る

Vol.14 グランドキャニオン

 

挑戦者だけが味わえる谷底での達成感


 

ファントムランチは谷底のオアシス。敷地内には唯一の輸送手段として活躍するラバが10頭ほど。そして宿泊用のバンガローが点在する。近づくにつれて、メインロッジの前の広場に集って歓談するハイカーたちが見えてきた。ロッジにはいつも多様な人たちが集う。朝方もボトルに水を入れている時に、韓国人から声を掛けられた。みな出身国も人種もバラバラ。知らない者が集まっても、グランドキャニオンの魅力を肴に話しは尽きない。
 水補給で広場に立ち寄ると、一人の女性が声を掛けてきた。午前中に何処かで擦れ違ったらしい。R2R2Rかと聞かれ、Yesと答えると、その場にいたハイカーたちに「この人、R2R2R挑戦中よー」と大声で。ボトルに水を入れ、栄養補給を採り、夜に向かっての準備をする間、大勢のハイカーから「以前にもR2R2Rした事ことあるの?」「今ボトルに入れた粉末は何?」「ところで何歳?」など質問攻めで休む暇もない。またもや有名人になった気分だ。僅かばかりの休憩の後、いざ出発。すると20名程いたハイカーたちが「頑張れよー」の声援と拍手で送り出してくれた。大勢に見送られる中、トボトボと疲労困憊した姿を見せるわけにも行かず、笑顔で手を振りながら、元気一杯のふりで広場を後にした。グランドキャニオンの渓谷内で出会うハイカーたちの間には、一種の連帯感のようなものがある。特に谷底では顕著である。グランドキャニオンを訪問する観光客の内、渓谷内に足を踏み入れるのは僅か1%程度。谷底まで降りてくる者は、更にその内の一握りである。ファントムランチにいるハイカーたちの間には、達成感や優越感を共有する仲間意識が存在するのだろう。彼らから受けた声援は疲労した体に吸収され、エネルギーとなる。サウスリムまで、残すところ距離にして16km、標高差1,400m。グランドキャニオンの南側と北側はコロラド川に架けられた2本の橋で結ばれている。1928年に架けられたブラックブリッジ。そして、もう一本は、その40年ほど後に700mほど下流に架けられたシルバーブリッジ。ブラックブリッジは、カイバブトレイル・ブリッジとも呼ばれ、早朝の下りの際に渡ったのがこの橋。長い間、グランドキャニオン内でコロラド川を渡る唯一の手段であった。

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈けまわる毎日。

「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp/

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  • 闇の向こうに姿を表す峰々

 

    闇の向こうに姿を表す峰々  

    2021年02月24日 地球を走る

    ヘッドランプの明かりが数メートル先の足元を照らし出す。トレイルは漆黒の闇の中へと続いている。怖くないと言えば嘘になる。数百メートル先に、かすかに動く明かりが見えた。孤独な山中で、僅かな光を通して感じることの出来る、人の存在。それだけで、恐怖心は和らげぐ。一歩、また一歩と足を前に進める。同じ暗闇でも、夜に向かう闇と、数時間後に夜明けを迎える闇とでは、それを構成するものが僅かに異なる。渓流を流れる水の音が心地く響く。辺りはキンモクセイのような香りで満ちている。周囲を見回すが、それらしいものは見当たらない。気が付くと、先程まで闇の中で存在感を放っていた、周囲の木々が無くなっている。森林限界線を超えたらしい。トレイルの表面も土から岩に変わっている。Tree Line。森林限界線を英語ではこう呼ぶ。この辺りのツリーラインは、3000メートル付近だ。周囲の景色が見えない暗闇。知らず知らずのうちに数百メートル上ったようだ。行く手に目を凝らすと、鋭利な刃物で削いだような峰々が、幻の様に佇んでいるのが見えた。「夜明け」という言葉は、「希望」の同義語として使われることが多い。薄紫から、徐々に赤みを帯びてくる空。何層にも重なった色調の美しさに見入るとともに、孤独な闇を乗り切った安堵感で、暫しそこに立ち尽くす。二次元的なシルエットだった東の山々が、日が昇るにつれて、立体感を伴って、その存在を主張し始める。大自然が作り出す壮大な光の芸術が、そこで繰り広げられている。トレイル上には大小の瓦礫のような花崗岩が散乱し、とても道とは言い難い。時折、前後を確認し、他のハイカーの存在を確かめる。10年前、この辺りでは雪上ハイクだった。辺りを見回すが、雪の形跡は全くない。地球温暖化のせいだろうか?大小の灰色の岩々に覆われた世界。美しいという表現は似付かわしくない。その荒々しい岩肌と散乱する瓦礫は、まるで生真面目な巨人が、コツコツとノミで山を削った、残骸の様だ。      

  • 4421メートルの頂へ再び

 

    4421メートルの頂へ再び  

    2021年02月17日 地球を走る

      2020年8月下旬、ホイットニー山4421m へのチャレンジの機会を得た。アラスカを除く、アメリカ本土の最高峰である。10年前にその頂を踏んでいる。その後、何度も入山許可証の抽選に申し込んできたが、見事にハズレ続きだった。5月から10月末までの期間、入山が認められるのは、日帰りハイカー100名、キャンパー60名。合計で一日に付き160名と狭き門だ。今年も性懲りもなく申し込んだが、またしてもハズレ。ところが、一緒に申し込みをした友人は、運よく初めての試みで当選した。その友人は、コロナ禍でどうしても都合がつかなくなったが、「ぜひ使ってくれ」という事で、念願の入山許可証をゲットした。 10年前は4名の友人が一緒だったが、今回はソロでのチャレンジとなった。 トレイルヘッドは、ホイットニー・ポータルと呼ばれる、標高2552メートルの針葉樹が茂る森の中にある。滝から流れ落ちる水と、渓流のせせらぎが、マイナスイオンをこれでもかと言うほど放出し、気持ちの良い空気に満ち溢れている。近隣の街ローンパインから、ポータルへ続く一本道。道の両側に広がる荒涼とした大地。これがまた美しい。古くから多くの西部劇の撮影に使われてきたという。隊列を組む幌馬車と、岩陰に潜み、襲撃の機会を待つアウトローたちの姿が目に浮かぶようだ。
素通りするのは勿体ない。砂埃舞うトレイルに足を踏み入れた。 翌朝、午前3時。ヘッドランプを灯し、闇と静寂に包まれたトレイルに向かった。ここから山頂までは、約18キロ、標高差1869メートル。そこが折り返し地点である。孤独に支配されたトレイルに鈴の音が響く。ポータルには、熊注意の警告が至る所にあり、出発前には、車中にあった食べ物や、歯磨き粉など、匂いのするものは全て、備え付けのベアーキャビネットの中に保管してきた。用心に越したことはない。単独行動の場合はなおさらだ。熊よけの鈴と合わせて、熊撃退用のペッパースプレーも準備している。

  • 念願のR2R2完走後に待ち受けていたのは?

 

    念願のR2R2完走後に待ち受けていたのは?  

    2021年02月10日 地球を走る

    ヘッドランプのスイッチを点ける。まだ明かりがなくても何とか歩けるが、それもほんの数分の事だろう。渓谷内の闇は深い。これから訪れる漆黒の闇。孤独な闇に不安がないと言えば嘘になる。今回は最大光力500ルーメンの心強い見方がある。多少なりとも不安を和らげる手助けとなるだろう。闇は静かに、そして容赦なく訪れた。一歩、もう一歩と足を前に進めてさえいれば、いつかは必ずゴールに着く。暗闇から妙な鳴き声が聞こえる。時折、目玉のように光るものが見える・・・。   サウスリムにあるロッジの明かりが見えてきた。残すところ、1キロ程度だろう。あと僅かで、今回のチャレンジも終わる。思い返せば長い一日だった。何度見ても感動に値する景色を充分堪能した。多くの人に励まされた。始める前には大きな不安もあった。闇の中ではマウンテンライオンの恐怖もあったが、無事ここまできた。

ロッジの光が大きくなってくる。リムに誰かいるようだ。人の声が聞こえてくる・・・。最後の緩い傾斜を上りきると、平坦なトレイルヘッドに出た。遂に念願のR2R2Rを完走した。しかし、そこにメダルはない。人々の歓声もなければ、祝福の言葉もない。あるのは極限に達した疲労と安堵感。そして、それらを遥かに上回る達成感。左腕のガーミンに目をやる。タイムは17時間21分を表示している。「いま何時だ?」疲労で思考能力が更に落ちている。指を使って計算し、漸く午後9時51分であると分かった。ここからマスウィックロッジ前に停めた車まで、数百メートル歩くのみ。喜びと、満足感に浸りながらの数分間のビクトリーランならぬ、ビクトリーウォーク。

十数時間前にロッジ前に停めた車が見えてきた。「車の鍵どこに入れたっけ?」思い出せない・・・長い夜になりそうだ。
    

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    コロラド川を渡り静寂のブライトエンジェルへ