連載・コラム テリー伊藤の東京チャンネル

編集: Weekly LALALA - 2020年01月15日

加藤沙里、悪評判タレントNo.1になれ!

 めでたいのか、不幸なのかよくわからないが、あの加藤沙里が「夫に3か月で1億円使わせた」で離婚した。常々「幸せはお金で買える」と豪語していたが、あまりの沙里の金の使いすぎに、旦那の商売がうまくいかなくなって、その結果かどうか知らないが、敢え無く離婚。まあ、思い切りがいいと言えばいいのだが。私は沙里のところへ電話連絡してみた。

 

 朝11時頃だったが、当然寝ている様子。さすが沙里様、午前中は起きていないようだ。「離婚したの?」と聞くと、寝ぼけた声で「すみません、報告が遅れて。テリーさんにはお世話になっていたのに。」と言っていた。というのも、私は二人の結婚の見届け人としてサインをした関係がある。その際に一度旦那と会ったが、私から見ると、なかなかの好青年だった。こんな人が沙里と結婚してくれるんだとビックリしたことを覚えている。二人で私に会いに来た時にも、沙里は相変わらずおっぱいが飛び出すような服を着ていた。こんな服を着ていたら、旦那としては身体だけが目的で結婚したのではないかと思われて恥ずかしくないのかと思った。でも、おっぱいの出た服を着ていても、旦那は嫌な顔をする訳でもない。そうか、本当に身体目的で結婚したんだ~。別にそれは悪い訳ではない。世の中には、人柄が良いとか、仕事に対する姿勢が尊敬できると一緒になるという例もあるが、身体がイイという一点で結婚しても不思議はない。それだけ彼女が魅力的なのだろう。そういえば、沙里から旦那の愚痴を聞かされていた。彼がヤキモチ焼きで困る。いつも携帯をチェックする。などなど・・・愚痴のオンパレードだった。もちろん沙里の言葉なので、鵜呑みにするわけにはいかない。旦那にもそれ相当の不満があったのだろう。

 

 考えてみれば、芸能人として何の実績もない加藤紗里が、なんとか芸能界で生き残っていられるのは、もしかしたら特別の才能があるのではないか。連日マスコミは「1億円使わせて偉そうなことを言っているバカ女」と報道している。そんな最中、相変わらず沙里は悪たれを言い続けている。ここなんです、実は加藤沙里は「自分を悪く見せる」才能を持っているんです!どうすれば、何を言えば、ネットで大炎上するか全て計算づくで行動しているんです。

 

 どうすれば最悪の評価を受けるかを目標にして発言し続けているのです。最近の日本のテレビを見ていると、コンプライアンスか何だかしらないが「優しさの押し売り」「いい人じゃないと生きちゃだめ」情報番組もCMも全てがこのノリ。日本のテレビは今本当に息苦しいんです。

 

 加藤紗里は絶対にスポンサーがCMタレントとして使いたくない、好感度タレントに一生出てこれそうにないポジションなんです。もう他の男とデートしている。痛快じゃないですか!テレビの業界、みんなが良い人じゃツマラナイ。こんな女がいても良いんです。

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    舞妓さんのことも助けたいけれど・・・  

    2020年09月02日 テリー伊藤の東京チャンネル

      私は読売テレビ午後の情報番組「ミヤネ屋」の生放送に時折大阪に行くのだが、新幹線が相変わらず大変なことになっています。お客さんがまったく居ないのです! 5月の緊急事態宣言の時には、東京の日本テレビからのリモート出演でしたが、最近はまた大阪まで行っています。   大阪の感染者数が増える毎に乗客数は減っています。先週も私が乗る朝の大阪方面行きの車両には5、6名、夕方の東京方面は2、3名で、名古屋を過ぎると私ひとりぼっちになってしまいました。これってJR本当に大丈夫なんでしょうか? 車内販売の売り子さんが何度も通るのですが、売れている気配がない。車掌さんも警備の方も何となく手持無沙汰。それだけではない。新大阪駅のキヨスクも商品が山積み。 政府はGo Toトラベルキャンペーンで地方に旅行に行こうと推奨しており、政府の気持ちもよくわかります。そう、世界に誇る日本の新幹線が危機に陥っているのです。   先日京都に行ったのですが、あの清水寺に観光客の姿がまったくありませんでした。夕暮れ時に境内を歩いていると、江戸時代にタイムスリップした気持ちになりました。日が沈むと普段は華やかな灯りと舞妓さんで賑わう祇園の町にも人通りはほとんど無く、ふらふら一人で歩いていると辻斬りに殺られるのではないかという気分になるほどでした。   実は私、忠臣蔵の大石蔵之介が吉良上野介陣営を欺くために遊興したと言われる、祇園の中でも最も格式の高い由緒あるお茶屋さん「一力亭」に行くことができました。   テリー、なんでそんな凄いお茶屋に行けるのか、と言われそうですが、実は私の大学時代の同級生のお嬢さんが「一力亭」に嫁に行き、今や立派な女将になっているというツテがあり、嬉しいことに芸者さんと舞妓さんを呼んでもらえることになったんです。(もちろん一見さんの私はお金を出していません)   そこでもちょっと悲しい出来事がありました。芸者さんも舞妓さんもマスクをしていたんです。これって粋(いき)じゃないですよね。さすがに芸者さんにマスクは似合いませんでした。気を取り直して話を聞いてみると、コロナ騒ぎでお客さんがなかなか来てくれないと寂しそうな表情を見せていたのです。   「よ~し、オレが助けてろう」と言いたいところですが、ここは京都。明日東京に帰らなくてはならない。っていうか、一力亭で遊ぶ財力はないので、すごすごと帰ってきました。 それにしても、さすが一力亭の芸者さんと舞妓さん、京都弁が上品だったな~。   100年に一度と言われる疫病騒動はこんなところにまで影響を与えているのですね。リモート芸者遊びというのも味気ないし。新型コロナウィルス早く消えてくれないかな。早くワクチン開発されないかなぁ。   このLALALAを読んでいる皆さんの中にも、日本に帰れずに困っている方も多いと思います。一緒に祈りましょう。新型コロナよ早く消えてくれ~!!    

  • Vol.474
渡哲也は「浮浪雲」になりたかったのではないか

 

    Vol.474 渡哲也は「浮浪雲」になりたかったのではないか  

    2020年08月28日 テリー伊藤の東京チャンネル

    日活のアクションスターとして多くの映画に出演した他、「大都会」「西部警察」などで人気を集めた俳優の渡哲也さんが、8月10日都内の病院で肺炎のため亡くなった。78歳でした。連日各ワイドショーでは渡さんの人柄を知る多くの人が話をしています。 「初めて会った時、あれほどの大スターだったのに、席を立ってわざわざ挨拶してくれた。」など、温かい人柄を紹介している。石原裕次郎さんが倒れた後の献身的な態度や、石原プロ・石原軍団を引き継ぐ姿はまさに男の中の男、誰しもがあんな風に生きたいと思わせる圧倒的な魅力のある存在でした。    私と渡さんとの出合いは、石原プロが『第二の裕次郎を探せ!』のオーディションを開催した時でした。石原プロから声がかかり審査員の一人として参加させてもらいました。とは言っても、渡さんと実際にお会いしたのは3回ほどです。穏やかな立ち振る舞いや礼儀正しさは噂通りでした。でも、もしかしたら渡哲也の人間像は違うのではないかという気がします。    1978年テレビ朝日で放送された「浮浪雲」(原作:ジョージ秋山、主演:渡哲也)では、主人公の「雲」の役が渡哲也の本質をついていた気がしてならなかったのです。幕末時代の江戸東海道の宿場「品川宿」で問屋を営み、妻と2人の子供との4人暮らしの生活だった。主人公「雲」は、仕事もせず酒好きで女好き、いつも遊んでばかりいて、動乱の時代の最中にも関わらず、あくせくせずゆったり時を過ごしていた。しかしいざとなったら剣術は強く、まさに昼行燈の男であった。渡哲也とは本当はこんな男だったのでは。仕事もあまりしたくない、家でのんびりと大好きな焚火の前でその火をずっと眺めながら人生過ごしたかったのではないでしょうか。石原プロに入り、裕次郎亡き後軍団を率いた人生は、自身が思い描いていたものだったのだろうか。    本人の意思から、世間に公表したのは8月10日死去の4日後でした。あの愛弟子舘ひろしにも知らせることが無かった。もちろん舘ひろしや石原プロのスタッフも、立ち会えずに無念の思いもあったと思うのですが、渡さんとすればまた裕次郎さんと同じような盛大な葬儀や七回忌はやって欲しくないと思っていたのでしょう。残された人達に、葬儀を挙げなければという使命感を持たせたくなかったからでしょう。渡さんにとってはそんなことより、それぞれが自分の生き方を見つけて生きて欲しいと願っていたのでは。    日活時代の同志吉永小百合さんのお別れのコメントがとても興味深かった。「夏の海が大好きだった渡さんは、泳いで泳いで恒彦さんのところへ行ってしまったのではないでしょうか。ご冥福を心からお祈りします。」この言葉はとても意味があると思いました。仕事仲間だった裕次郎さんのところではなく、弟の恒彦さんのところへ。そう、故郷兵庫県淡路島の海で釣った魚を焚火で焼いていることだろう。もうそこには西部警察のパトカーも、サングラスも、ショットガンも無い。渡哲也は「浮浪雲」に戻ったのではないでしょうか。    

  • 大人になったら
ショッカー軍団に入ろう

 

    大人になったら ショッカー軍団に入ろう  

    2020年08月20日 テリー伊藤の東京チャンネル

    子供の頃、男の子は誰しも一度は仮面ライダーに憧れたものだ。変身ベルトによって(時代によって違うが)本郷猛から仮面ライダーに変身する。さっそうとバイクにまたがり、ショッカー軍団と戦う。ライダーキックで悪を退治する。戦後日本のテレビ界が生んだ大ヒーローだ。   1971年よりスタートした特撮シリーズは、今なおテレビや映画にとその時代時代の子供達の永遠のヒーローとなっている。 そして悪とはショッカー軍団だ。子供達は仮面ライダーに心を奪われるのだが、ショッカーに思いを持つ子供はいない。