連載・コラム ロサンゼルスで暮らす人々

編集: Weekly LALALA - 2019年12月18日

大空を駆け巡り、生きる喜びを伝える
パイロット
前田 伸二
Shinji Maeda


 

シアトルを拠点に、ボーイングに勤務のほか、飛行教官として活躍する前田伸二さん。またNPO団体「エアロ・ジパング・プロジェクト」を立ち上げ、自身の体験談を通して、生きることの喜びや、目標や夢を諦めないことの大切さなどを伝える講演やモチベーションセミナーを展開。 Aero Zypangu Project www.aerozypangu.com

当時18歳だった前田伸二さんは、前方不注意の車に巻き込まれる交通事故に遭った。

命をなんとか取り留めたものの右目を失明。

突然の事故で右目の視力を完全に失うことになった前田さんだが、子どもの頃からのパイロットになるという夢を叶え、この25年間、隻眼のパイロットとして大空を舞台に挑戦を続けている。

 

現在、シアトルを拠点に生活する前田さんの1日は早朝からスタート。

朝4時半には航空機製造を行うボーイングのオフィスに出社し、ここで飛行機の生産管理業務に従事。

こでの仕事を終えると二つ目の仕事場である地元の空港へ向かい、午後は飛行教官として空を飛ぶ。

 

そんな前田さんがもうひとつのライフワークとして尽力しているのが、講演やモチベーションセミナーを行うNPO団体「エアロ・ジパング・プロジェクト」だ。

「講演は、日本人・アメリカ人限らず、下は幼稚園から小・中・高校生、大学生、社会人まで、幅広く皆さんにお話をしています。人生をどう生きるかや、自分のやりたいことを死ぬ間際まで一生懸命追い続けることの大切さなど、私自身の経験を通してメッセージをお伝えしています」

 

講演では、前田さんのユーモアあふれるトークで笑いの渦になることもしばしばだが、講演が終わる頃には、会場の皆が生きていることの素晴らしさを共感し涙を流さずにはいられなくなる。

「片目を失う以前に、命を落としていてもおかしくない事故でしたが命は助かった。しかし障害を持つことになった私を待ち受けていたのは、日本社会での差別。自殺未遂に追い込まれるまでの精神状態にも陥りました。そんな私を絶望から救ったのが家族や親友、先輩、恩師といったかけがえのない皆からの厳しい言葉、愛情でした。愛と感謝が私の強いエネルギーになっているんです」

 

2002年に渡米。

アリゾナ州のエンブリー・リドル航空大学大学院で航空安全危機管理の修士課程を修了。

そこで恩師である教授に言われたのが『シンジ、おまえがパイロットになる夢を諦めるのは、片目だからというのは言い訳だ。この世の中で一番最悪なのは、自分が何をやりたいかを知っているにもかかわらず、それに挑戦しないことだ。お前はきっと飛べる』という言葉でした」。

その半年後、パイロットの夢を実現した。

 

前田さんは2020年、自らの操縦で地球一周飛「Earthrounder : アースラウンダー」に挑戦。

旅先で青少年や障害を持つ人々、マイノリティーたちに生きる喜びを訴えていく。

「世界中の誰もが様々な問題を抱えながら生きています。私自身、絶望的なことに遭い、そこから這い上がる勇気や希望、夢に出会った。多くの人々にメッセージを伝えていきたい」

 

5月1日、シアトルから世界へ向けて勇気を届けるドリームフライトが出発する。

2020年5月1日より単独地球一周飛行「アースラウンダー」に出る。旅先では青少年や障害者、マイノリティーなどに向けての講演活動を行う。12/21(土)よりYouTubeチャンネルから動画配信スタート。 www.youtube.com/channel/UCTtdiDFIUDrqDbntWPOkOzw
Photo Courtesy of Mr. Kuniaki Sato

 

事故や挫折を乗り越えパイロットとして活躍するまでの自身の体験を通じて、講演会や飛行体験を行う。前田さんの笑いと涙あふれるトークに聞き入る生徒たち。
Photo Courtesy of Mr. Kuniaki Sato

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  • 患者のために行動する

それが私のプロフェッショナル

Scripps Memorial Hospital La Jolla
心臓外科オペ室ナース


成相 麻子
Asako Nariai


 

 

    患者のために行動する それが私のプロフェッショナル Scripps Memorial Hospital La Jolla 心臓外科オペ室ナース 成相 麻子 Asako Nariai    

    2020年04月02日 ロサンゼルスで暮らす人々

    「心臓の手術は必ず一旦心臓をとめなければなりません。やるべきことがすべて終わって再び心臓が動き出す瞬間に立ち会うときが最もやりがいを感じるとき」冷静なやや低い語り口から繰り出される彼女の言葉には心を鷲掴みにされた。 がんの手術は機能を取り除く喪失であるのに対し、心臓は機能を回復させる手術。 「喪失ではなく回復だから好きなんです」なるほど。そんな風に世界が見えているのか。   成相麻子さんが医療の世界に進んだきっかけは「高校の保健の先生が個性的で面白かったから」卒業後は先生と同じ聖路加看護大学へ進学。看護大を出ると看護師・保健師の免許がとれ、保健師免許で産業保健師(民間企業勤務の保健師)として働くこともできる。 「それがわかった上で進学しました」しっかりした人だ。   卒業後は東京の虎の門病院に勤務した。12年在職したうち後半6年間は心臓外科オペ室(手術室)主任。 オペ室ではない他のフィールドに挑戦したいと思っていた矢先、夫の渡米が決まる。 「米国の医療現場で働けるというのは私にとってチャンスなのでは」前向きな彼女はそれを好機と捉えた。当時「キャリアを捨てることが恐くなかったのか」と尋ねたことがある。彼女の答えを忘れたことはない。 「12年かければこれだけのことが出来るという自信があった。日本を離れても努力すれば私はひとかどの人物になれると信じていました」   2016年渡米。彼女はその言葉通りの人生を突き進む。 子供を育てながら勉強し、2017年12月加州の看護師資格を取得。2019年9月からナーシングホーム(医療を受けられる介護施設)で働いた。 ずっとオペ室で働いてきた分、異世界だった。歯がない高齢者の言葉は分かりにくく、認知症患者は話の筋道がなく理解するのに苦労した。しかしこの時間が彼女の世界を広げる。「最初は不本意なフィールドでも経験を積むことは大事です」   同年12月に現在の職場Scripps Memorial Hospitalに転職。心臓外科オペ室のナースとして再び働き出した。毎日3~6件の開心手術を4部屋でまわす。   日米の医療現場の違いを聞いた。「患者に訴えられることもあるので、特にカウント・記録には気を使います。オリエンテーションでマスシューティングへの対応や興奮した攻撃的な患者家族への対応をロールプレイで学んだのはカルチャーショックでした」 オペ室の緊迫したなかでも敢えて空気を読まず言葉に出して確認する。「患者の安全のために一つずつのコミュニケーションが何より大切。だから流してしまった時は落ち込みます。患者のために行動できるかが私の存在意義ですから」   彼女を貫く信念はどこまでも真っ直ぐだ。その信念が今日も誰かを救っているんだろう。  

  • ママになっても
才能を活かしてほしい

マリンバ奏者

高田 直子

Naoko Takada
 


 

    ママになっても 才能を活かしてほしい マリンバ奏者 高田 直子 Naoko Takada    

    2020年03月26日 ロサンゼルスで暮らす人々

    ぽわん、ぽろん、ぽろろん。まるみを帯びた深い音色。スタジオに続く木製扉の前で耳を澄ませて立ち止まった。 マリンバという楽器をご存知の方はどれくらいいらっしゃるだろう。マリンバは、いわゆる木琴の一種。木琴の音は固く乾いた音であるのに対し、マリンバのそれはやわらかい。   マリンバ奏者の高田直子さんのスタジオを訪れた日は、空には雲ひとつなかった。開け放たれたドアの向こうにマリンバが見える。想像よりもずっと大きい。ビブラフォンもドラムもピアノもあった。光が注がれる楽器はどれも本当に神々しい。   マリンバはピアノよりも鍵盤数が多く感じたので尋ねてみると、すぐさまピアノの前に座り「そんなことないです。ほらね」と慣れた手つきで弾いてくれた。 なるほど、マリンバとピアノはまったく違う楽器にみえるが、考えてみれば同じ鍵盤打楽器だ。たたくことで音を出す。   出会いは8歳。母親と一緒に行った雛祭りコンサートだった。「最初は大きな家具だなって(笑)そこで聴いたのは『熊蜂の飛行』でした」 マリンバに出会ってしまった直子さんは「習いたい」と親に頼んだが、最初の頃は一時的なことだろうと相手にされなかった。けれども変わらぬ情熱に母親は「1回だけね」と約束して教室に連れて行ってくれた。   その1回が2回になり3回になった。そのうちに忘れるだろうと思った親の期待とは裏腹に、彼女の熱意は薄まるどころかどんどん増した。 父親は、新聞紙を切って音の出ない即席マリンバを作ってくれ、彼女はそれで練習した。 遂にマリンバを買ってもらったとき、あまりの嬉しさにマリンバの下で寝たほど。   先生についてめきめきと力をつけた彼女は、11歳で初めて舞台に立った。しかし中学の時に一度マリンバを辞めている。「舞台に立って以降は、周りからプロになるの?どうするの?と何度も聞かれ、それがすごく嫌だったんです」   早稲田大学の心理学科に進み、一年間の交換留学でカリフォルニア大学ノースリッジ校(CSUN)を訪れたことがその後の運命を大きく変える。早稲田を中退し、CSUNの音楽学科に編入し、再びマリンバと向き合う日々が始まったのだ。   「一日6時間、5年間集中すればプロになれる」と信じ、昼夜問わず練習に身を捧げた。 当時の自分の言葉をどう思うかと聞いたら「生意気だったと思います」と笑った。   2002年、ニューヨークで開かれたヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝したことを機にプロとして始動。「20代のときは仕事を選べなかったけど今は選ぶことができて幸せ。子供と過ごす時間が何より大事です」   交換留学初日に出会ったご主人との間には2人の可愛い子供がいる。「才能があるのに子育てでやめてしまう人を私はもったいないと思う。 ママになっても自分の才能を活かしてほしい」彼女の演奏に勇気をもらう理由がわかった気がした。  

  • 出会った瞬間、これだと思った

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ラッセル 知絵

Chie Russell


 

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    2020年03月18日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASP(ノースアメリカンサンドペインターズ協会)で講師資格を取得し、インストラクター、サンドアーティストとして活動するラッセル知絵さん。 連絡先:ラッセル知絵(サンドアーティスト) R.SandPaintingStudio@gmail.com 213-537-3957

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    2020年03月13日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニアの石松拓人さん。2012年に着陸した火星ローバー『キュリオシティ』のエンジニアリングモデルの前で。

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    2020年03月04日 ロサンゼルスで暮らす人々

    今年で創設55周年を迎える日本民謡「松豊会」の民謡歌手、小杉真リサさん。 photo by Albert Lien