450㎏のヒグマを引き連れての選挙運動は いつまで続くのか?加州リコール選挙

アメリカ101 第92回

「サーカスのような見世物」選挙だとの見方も出ているギャビン・ニューサム知事をめぐるリコール(解職)選挙ですが、カリフォルニア州では、公職にある政治家に対するリコールは、文字通り日常茶飯事なのです。ロサンゼルス・タイムズ紙の調べでは、71日現在で州内では実に少なくとも68件のリコール運動が繰り広げられています。一番多いのは、アメリカでの草の根レベルから政治家を目指す者にとって登竜門とされる教育委員をめぐるものですが、市長、市議会議員、郡検事なども対象です。さまざまな理由で政敵を引きずり落とす手段として使われているのですが、これだけ安易とも思われるリコール運動の多発は、直接民主主義の乱用であり、民主主義制度の根幹である代議制民主主義をないがしろにするものとの批判も高まっていて、その見直しを求める声も強まっています。 

 知事リコールは州全体を巻き込む選挙ですが、カリフォルニア州で最小の地方自治体であるバーノン市では今年2回目のリコール選挙が、州知事リコール投票日と同日の914日に行われます。ロサンゼルス市ダウンタウンから東南に8㎞に位置し、面積8・5平方㎞、人口110人(推定)という極小都市です。工場や倉庫が並び昼間の労働人口は5万人を超えますが、定住している住民の多くが市政関係者という特殊な都市形態です。市長を含む5人で構成される市参事会(City Council)が市政の要ですが、汚職容疑で参事2人が汚職疑惑で6月のリコール投票で解職となったのに続き、さらに2人の参事がリコールに直面しています。また同日にはソノマ郡地方検事をめぐりリコール投票が予定されています。ロサンゼルス市でも、シルバーレイク選出のニシヤ・ラマン市議会議員が69日付で公式にリコール投票運動の対象となりました。 

 カリフォルニア州でのリコール運動や住民投票の増加は、政治争点について、議会を通じた立法措置という代議制で決着をつけるのではなく、有権者に直接争点を訴え、結果を手にするという即効的な政治手法が好まれる政治風土が定着してきたのを反映しているようです。そして、リコールや住民投票が「カネを生む木」となっているのも背景にあります。署名集めを専門とする政治コンサルタント業の台頭や、それぞれの主張を周知させ、有権者の関心を惹きつけ、そして投票を促すためのテレビを通じた商業ベースによる政見放送で潤う地方テレビ局の対応が、「リコール運動/住民投票大歓迎」という風潮を生んでいるというわけです。 

 知事リコール投票と同時に実施される、ニューサム知事解職の場合の新知事選挙への立候補手続きは今月16日が締め切りです。これまでに50人を超える雑多の人々が「立候補意思表示」を済ませており、最終的にはさらに増える見通しです。前回2003年のグレイ・デービス知事を対象としてリコール選挙では、売名を狙った「泡沫候補」が大部分を占めましたが、今回もその風潮は続いています。国籍を有し、有権者登録済みで、過去5年間の納税記録提出といった立候補資格の敷居が低く、しかも供託金4000ドル少々で、7000人以上の支持者署名を集めれば、それも不要とあって、売名目的の立候補が多くなっています。 

 共和党の有力候補者には1976年モントリオール夏季五輪の陸上男子十種競技金メダリストで、2015年に性転換したトランスジェンダーのケイトリン・ジェンナーや、2018年の前回選挙でニューサムに大敗した実業家ジョン・コックスがいます。今回は「美女と野獣」ならぬ「美形(ハンサム=ニューサム)と野獣(コックス)」と称して、アラスカで生息する体重450㎏のコディアック・ヒグマを引き連れて選挙運動を続け、「サーカスそのもの」との嘆きの声も聞かれます。 

 

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(7/12/2021)

 

 

 

 

 

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