Vol.25 受刑者がつくるジーンズ「プリズンブルー」(Weekly LALALA 711号掲載)

人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで。 連載 Vol.25 吉田潤喜

受刑者がつくるジーンズ「プリズンブルー」

 私は七四年から八六年まで、オレゴン州とワシントン州の警察学校で逮捕術を教えていた。この仕事を通じて私は、刑務所を訪れる機会も多かった。そうした際、最も印象に残ったのが、受刑者たちの「器用さ」だった。
 鉄パイプを利用したショットガン・ダイナマイト、ボールペンからつくった刺青用の電動針、親指ほどの大きさのブリキからできた湯沸かし器、残飯を使ったアルコール……。そうしたモノが、続々と没収されるのである。しかも量がまたすごくて、州内だけで年間の押収量はダンボール箱数百にも及んでいた。基本的には何もない場所でどうやってつくるのか、その発想と行動力に感心させられたものだった。
 そんな受刑者たちが、服役中に働くのが更生施設である。仕事の種類は、州立の病院などで使う服の洗濯や、州スタッフの自動車修理など。民間と競合できない規則になっているため、仕事は州関係のものに限られる。
 そのうちのひとつに、ジーンズ工場があった。ジーンズのブランド名は「プリズンブルー」。刑務所にひっかけたネーミングである。プリズンブルーの提供先もまた、州の林業関係者などに限られていた。
 このジーンズ工場ではディフェクト(欠陥商品)が続出し、経営も思わしくなかった。そこで、警察学校の仕事で付き合いのあった州の担当者を通じて、私に相談がもちかけられた。州に代わって、民間の私に経営を任せたいというのだ。
 受刑者の技術が高いのは、私も十分に承知している。何せ彼らは、ゼロからショットガンまでつくってしまう。本格的に仕事を覚えれば、彼らが刑期を終えた後にも役立つだろう。私はプリズンブルーの運営を引き受けることを決め、九六年、「アレイコーポレーション」を設立した。
 プリズンブルーを始めてすぐ、賃金の問題が立ちはだかった。更生施設で働く受刑者の時給は一律三十八セントと、連邦政府が決めた最低賃金を大きく下回っている。彼らは罪を償うために刑務所に入っているのだから、給料が安いのは当然だ。しかしこれでは、一般に販売することができなかった。賃金が安いために、民間業者と争うとなれば価格面であまりに有利になってしまうからだ。
 しかし、せっかく製品をつくっても、州関係者以外に売れなければ経営は改善しない。時給の問題があるなら、変えればすむことなのである。ただし、受刑者への時給を上げようとすれば、法律まで変える必要があった。そのためには、州の住民投票まで実施しなければならないという。
 住民投票の実施には一年を要した。そして過半数の賛成を得て、法律の改正が決まった。その結果、三十八セントの時給は、連邦法で決まっている最低賃金の六ドル四十セントまで引き上げられた。これで堂々と、民間業者とも張り合えるわけである。
 一般に販売できるとなって、次には品質改善するという課題が出てきた。これに関しては、問題の根本は明らかだった。以前から、クオリティコントロールは受刑者に任していたのだが、欠陥製品が見逃されていたからだった。担当の受刑者が製品の問題を指摘しようものなら、「スニッチ」(チクリ野郎)として受刑者仲間からひどい目に遭わされてしまう。それを恐れて誰も言い出せないまま、ディフェクトが増えていた。
 これを解決しようと、グループ制を導入することにした。裁断、縫製といった工程ごとに分けてグループをつくる。グループでの作業で問題が見つかればよし、見過ごされた場合にはグループ全体にペナルティを科す、というシステムに改めた。
 失敗がなくなれば、グループの時給が揃って上がる。逆に何度も失敗を繰り返せば、仕事をクビになってしまうのである。プリズンブルーで働く受刑者は現在四十名。一方で希望者が六百名も待機している。刑務所のなかでも一番人気の職場だけに、皆の働きぶりも真剣だ。
 工場は今も刑務所内にある。しかし、以前ならば受刑者を見張っていた看守はおろか、州のスタッフは一人もいなくなった。経営だけでなく、運営も全て民間のアレイコーポレーションに任せられているからだ。一方、工場で働く受刑者は、週一回の会議にも参加する。また、デザインコンテストなども開催し、良いものは製品へと採用することにしている。
 こうした試みは、全米でも例がない。住民投票で改正された法律にしてもそうだが、リベラルな土地柄のオレゴン州だからこそと言えよう。
 プリズンブルーのジーンズは、全米のみならず日本でも販売を開始した。二〇〇一年末に封切られた映画『バンディッツ』にも登場することになった。映画はオレゴン州の刑務所が舞台となっていて、囚人役で主演したブルース・ウィリスがプリズンブルーを着ていたのである。
 私は今後、プリズンブルーのような試みを、さらに推進していきたいと考えている。他にも刑務所内に工場をつくり、ジーンズだけでなく、家具のような木工製品から芸術品まで幅を広げてみたい。
 オレゴン州の法律では、受刑者は全員働くことが義務づけられているが、現実にはそうなってはいない。働こうにも仕事がないのである。仕事が増えれば州政府としても歓迎だろうし、私だって受刑者の更生に役立てれば嬉しい。
 それにしても、空手は本当に私に様々な出会いをもたらしてくれている。プリズンブルーのようなおもしろいプロジェクトとめぐり合えたのも、やはり空手のお陰だった。

吉田潤喜
1949年京都市生まれ。69年渡米、ワシントン州とオレゴン州における空手を使った警察逮捕術主席師範を経てヨシダフードを設立。醤油ベースのソース「ヨシダソース」が爆発的ヒットに。現在グループ会社の会長兼CEO。2003年、インテルやAOLなどと並び、米国の優秀中小企業家賞を受賞し殿堂入りを果たすとともに、2005年のニューズウィーク日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。

このコラムは『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』(幻冬舎アウトロー文庫)から抜粋・編集しています

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