Vol.23 全米に放映されたコマーシャル(Weekly LALALA 709号掲載)

人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで。 連載 Vol.23 吉田潤喜

全米に放映されたコマーシャル

ハインツとの提携によって、ソースの売り上げが急増したばかりか、私自身も「有名人」となった。私の登場するテレビコマーシャルが、昨年、全米で放映されたからである。
 ローカルのコマーシャルは何度も経験していたが、全米で流れるテレビコマーシャルとなるとさすがに規模が違った。ハインツが負担した撮影の予算は三十五万ドル(約四千六百万円)と、ローカルのざっと十倍。制作会社のスタッフが三十人も動員され、コックまで雇われていた。期間も五日間をかけてじっくりと行なわれ、「主役」の私は撮影場所のロサンゼルスまでファーストクラス、毎日の撮影はリムジンで送り迎えという待遇だった。
 コマーシャルの撮影場所は、ロサンゼルスにある小さなスーパー。いろいろな野菜の積まれたカートの上に、私がバスケットボールのユニフォーム姿で座り、ニンジンを食べながら客に話しかけるという内容だった。実はもうひとつ、別バージョンとして、消防服を着た私が、大きな鉄板の上で焼かれるという設定のものも撮影していたが、これは放送されなかった。油まみれのミュージシャンが火で焼かれるというプロモーションビデオを観た子供が、真似をしてケガをする事件が起きたばかりで、放送自粛となったのである。
 私が出演したコマーシャルは、「エンターテイメントマガジン」という雑誌で最優秀賞を受賞することになった。また、オレゴン州の地元テレビも、ニュース番組のなかで撮影風景などを取り上げてくれた。ただし、正直に言えば、私自身は出来栄えには満足していなかった。
 地元のテレビで流れていたコマーシャルは、私がリンダや娘たちと一緒に考え、まさに手づくりで制作していた。いずれもアホなドタバタものばかりだが、私のキャラクターに合っているように思うのだ。その点、ロサンゼルスで撮影したものは動きが乏しかった。
 今回のコマーシャルは、大手の制作会社が担当した。しかし、あんなに豪華にカネをかける必要があったのかどうか。大した出来でもなかったこともあって、私には疑問が残った。やはりハリウッドとは、私などの理解を越えた不思議なところなのである。

吉田潤喜
1949年京都市生まれ。69年渡米、ワシントン州とオレゴン州における空手を使った警察逮捕術主席師範を経てヨシダフードを設立。醤油ベースのソース「ヨシダソース」が爆発的ヒットに。現在グループ会社の会長兼CEO。2003年、インテルやAOLなどと並び、米国の優秀中小企業家賞を受賞し殿堂入りを果たすとともに、2005年のニューズウィーク日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。

このコラムは『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』(幻冬舎アウトロー文庫)から抜粋・編集しています

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