Vol.19 救世主の出現(Weekly LALALA 705号掲載)

人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで。 連載 Vol.19 吉田潤喜

救世主の出現

ソースビジネスの世界に乗り出して以降、最初の危機は、Costcoのジム・セネカル社長と出会って救われた。二度目の危機の際には義父の援助があった。また、ミル貝で危なかった三度目は、ライバル社の人物が逮捕されることが起き、危機を免れた。そして過去最大のピンチを迎えた今回、またもや私の前に「救いの神」が現れた。
資金ショートに陥る寸前の九一年末、クリスタルスプリングのゴルフ場を買いたいという人が見つかったのだ。この頃、ゴルフ場は七割がた完成していたが、資金の問題で工事がストップしていた。
相手は日本の大手食品メーカーのオーナー経営者。知り合いを通じて「買い手が現れた」と聞いて、どれほど私が安堵したことか。
ゴルフ場の売り値は投資額の半分程度。もとのパートナーたちに資金を返すと、私には三百万ドルほどの損害が残った。それでも、「出血」だけは止まったのだ。工事は中断していたが、いつでも再会できるよう維持管理をしていくだけで資金が必要だ。そうした苦労も、これで終わるのである。
余談になるが、この直後、当時日本で人気のあったバラエティ番組から取材を受けることになった。
「アメリカで大金持ちになった日本人」という企画で、リポーターが日本からポートランドを訪れた。しかし、この頃の私が本物の「大金持ち」だったかどうか、読者の皆さんには分かってもらえると思う。
取材のカメラは、後に買うことになる敷地二万坪の家に加え、クリスタルスプリングの丘に建つ「ゲストハウス」、そこから見下ろすゴルフ場を写していった。放送後に送られてきたテープを見ると、自分が「大金持ち」のように見えるからテレビとは不思議なものだ。
ビデオを観ると、娘たちと一緒に馬にまたがり登場した私の表情が晴れやかだ。これはもちろん、懸案のゴルフ場が売れたことで一安心していたからだった。
こうして私は、第四の危機も何とか乗り越えた。読者の皆さんはもうおわかりだろうが、私の話はまったくカッコいいものではない。
自分で道を切り開いていくというより、いつも誰かが登場して助けてくれる。こうして、今書いていても、私ほど運、人との巡り合わせに恵まれている人間はいない、とつくづく思ってしまう。
ゴルフ場住宅の建設は私の夢だったが、二度と手を出そうと言う気はない。人から投資してもらった資金を、私は危うくパーにしてしまうところだった。自殺まで考えたあのプレッシャーは、一度経験するだけで十分である。

吉田潤喜
1949年京都市生まれ。69年渡米、ワシントン州とオレゴン州における空手を使った警察逮捕術主席師範を経てヨシダフードを設立。醤油ベースのソース「ヨシダソース」が爆発的ヒットに。現在グループ会社の会長兼CEO。2003年、インテルやAOLなどと並び、米国の優秀中小企業家賞を受賞し殿堂入りを果たすとともに、2005年のニューズウィーク日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。

このコラムは『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』(幻冬舎アウトロー文庫)から抜粋・編集しています

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