食が感動を与える新撰組の原点・いま・これから|新撰組 重田光康さん

新撰組レストラングループ30周年記念インタビュー

食が感動を与える
新撰組の原点・いま・これから

新撰組レストラングループ
代表取締役
重田光康さん

「皆様には創業から新撰組を支えていただき、誠にありがとうございます。皆様からの長年の温かいご支援には、感謝の念に堪えません。地域の皆様からいただいた多くの学びを糧にして、また新たな出発点に立ち、力強く前に進んで参りたいと思っております。今後とも新撰組レストラングループをよろしくお願い申し上げます」

1992年にガーデナに焼鳥の店を創業、この9月で30周年を迎える新撰組レストラングループ。現在ロサンゼルスとオレンジカウンティ、日本に、焼鳥や博多ラーメン、ちゃんこ鍋専門店など合計16店舗を展開する。新撰組レストラングループの「原点・いま・これから」について、代表取締役 重田光康さんにお聞きした。

原点「食を通じて感動を与える」

 鹿児島県徳之島出身。食への意識の目覚めは、福岡での大学時代だったと話す。下宿先の近くにあった焼鳥店に立ち寄ったのが始まり。「福岡でその店に入って驚いたのが、焼鳥の種類が30種類近くもあったこと。食べてみてまたびっくり!こんなにも美味しいものがあるのかと感動して、アルバイトさせてほしいと飛び込んで働かせてもらったんです」

 もともと家業を継ぐつもりで高校・大学は土木工学科で学んでいた重田さん。「あるとき兄からアメリカの話を聞いて、世界一の大国で自分を試したいと思うようになりました。アメリカでまだ誰もやったことのない道を切り拓きたい、と私が抱いた大きな夢が『街づくり』でした」

 1988年にロサンゼルスへ渡り、ゼロからスタート。重田さんが子どもの頃から常に親から言われていたのは、どんな時でも全力で向き合うこと。お金では買えない『信用』という財産を得ること。為せば成るの信念で、空手の全米大会での優勝、不動産の資格試験合格も果たし、夢の街づくりに向けて不動産関係の仕事を始めた。しかし生活のためだけにビジネスをすることに疑問を抱き、自分に嘘のない仕事をしたいという一心で、好きな味を好きなサービスで提供する飲食業にたどり着いた。そんな中で重田さんに蘇ってきたのが、あの感動した焼鳥店の味。すぐさま福岡の焼鳥屋の店長のもとで修行をさせてもらい、1992年27歳で新撰組の第一号店をオープンした。

 「当時の日系のレストラン業界では、一人のオーナーが店を2つも3つも広げるとビジネスが失敗してしまう、と周囲から忠告されるなど複数店舗を持つのはタブーとされていました。でも、私は自分の人生の中に制限をつけたくなかった。ビジネスでも何でも、まず勇気を持ってチャレンジする第一歩が大事。大義、勇気、努力それらが重なった時に、事は達成できる。そう信じて、制限を取っぱらっていきました」。その時代では珍しい週7日間、1年365日年中無休の店にして、誰もが食べたい日に食べられる店としてのイメージを定着させた。

後進の社員育成方針については「見える化」を掲げる。「若い世代が食の業界で仕事をしたいと思えるように、業界自体を魅力あるものにするのも我々の使命です。そのためには組織の業務やシステムを見える化し、社員それぞれが自分の能力を生かせる場を作っていきたいと思っています」

常に「美味しいものを便利に」

 2017年には、全米初のドライブスルーでラーメンを提供する「Shin-Sen- Gumi 2GO」をオープン。コロナ禍では、キッチンで作られた食事をウーバーイーツなどのデリバリーで提供するオンラインベースのサービス「Eキッチン」を開始した。「私の中では、いつの時代でも『便利だったらいいな』とそこから物事を考えるんです。例えば、パジャマで車に乗ったままで美味しいラーメンや焼鳥が買えたら便利だなと。これらのサービスは、コロナ禍でより多くの人々に必要とされるようになりました」

新たな10年

 これまでを経て、新撰組グループは新たなスタート地点に立っている。「ロサンゼルスで地盤作りからスタートして一つの大きな建造物を作り上げていくように、この30年間の歴史を重ねてきました。LAを原点にここで培ったことをもとに、今度は、アメリカの他の州でも日本食文化の素晴らしさを広く発信していきたいと思っております」

(8/23/2022)

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