<連載コラム>インターン経て12年、MLBへ(1)(Weekly LALALA 749号掲載)


ロサンゼルス・ドジャース/アシスタント・アスレチックトレーナー兼マニュアルセラピスト
中島“Possum”陽介さん

インターン経て12年、MLBへ(1)


2015年からロサンゼルス・ドジャースでアシスタント・アスレチックトレーナーを務める中島陽介さん(左から2人目)。米国野球を学ぶために渡米し、NATA公認アスレチックトレーナーの存在を知り、ロングビーチ州立大学大学院で勉強した。(Photo: Jon SooHoo/©Los Angeles Dodgers, LLC 2016)

 海の近くで育った中島陽介さんがビーチの多いロサンゼルスに惹かれ、ドジャースで働くことになるのは必然だったのかもしれない。現在、アシスタント・アスレチックトレーナーとしてチームで担当する仕事は多い。ドクターと選手の間に入り、選手の健康状態の維持、けがの処置、負傷後の復帰までの期間の判断、トレードやフリーエイジェントの選手の健康状態の評価などがメインだ。それ以外にも、選手の家族やチームスタッフ、フロントオフィスの医療関係の補助、日々の選手の治療はもちろん、試合中は常にベンチに入り、監督やコーチ陣と選手がどこまでプレーできるか話し合うのも大事な仕事の一つ。投球および打撃の動作解析をしながら、けがの予防についてや今後のトレーニングの計画を練ることもある。「野球はビジネスであり、ある選手が1試合出場できないと球団にとっていくらの損失になるかを考えなければいけないので、常にプレッシャーを感じます」と明かす。
 MLBへたどりつくまでの道は長く、決して平坦ではなかった。小学校1年生で野球を始めると、高校までプレーを続け大学に進学したが、野球部に入部することはかなわず。これをきっかけに「より上の野球を追求することで見返したい。米国の野球を勉強したい」と思うようになった。卒業後に渡米し、海の近くということと、当時大学野球トップ10の常連だったという理由からロングビーチ州立大学野球部を訪れ、洗濯やグラウンド整備などをこなしながら米国野球を学ぶ日々が始まった。ここで、現在の仕事につながる運命的な出会いがあった。当時特別コーチをしていた元ドジャースのヘッドアスレチックトレーナー、ビル・ビューラー氏からNATA(National Athletic Trainers’Association、全米アスレチックトレーナー協会)公認アスレチックトレーナーの存在について教えられたのだ。「選手やコーチとしてよりも早くメジャーのダグアウトに入れるかもしれない」ということばに関心を抱いた中島さんは、同大学大学院で勉強を開始した。
(6月29日号へ続く)

■Yosuke “Possum” Nakajima
神奈川県横浜市生まれ。県立高校卒業後、浪人を経て都内の私立大学に入学。物理学者になることを夢見たが、レベルの高い野球を学びたいと思うようになり、卒業後に渡米した。ロングビーチ州立大学野球部でアメリカの野球を学ぶうちにNATA公認アスレチックトレーナーの存在を知り、同大学大学院で授業を受けながら勉強を開始。インターンを経て2015年シーズンからロサンゼルス・ドジャースのアシスタント・アスレチックトレーナー兼マニュアルセラピストを務める。

Weekly LALALA ホームに戻る

シェア