追悼・高畑勲監督-アニメに何ができるか 「引き算」で判断を見る者の手に(Weekly LALALA 739号掲載)

 82歳で亡くなった高畑勲監督は、常に先を目指すアニメーション作家だった。
 東映動画時代の初監督作「太陽の王子ホルスの大冒険」(1968年)では悪魔に育てられた人間の少女ヒルダを登場させて、それまで善悪の色分けがはっきりしていた子ども向けのキャラクターとは違う、苦悩する人間の真実を描き、悪魔に対抗する主人公ホルスと村人たちの〝共闘〟を映し出すことで、躍動的な集団描写に挑戦した。
 テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(74年)をはじめとする世界名作劇場シリーズでは、背景を含めて自然描写のリアリズムを追求し、このリアル探求は戦時下から終戦直後の兄妹の悲劇を描いた「火垂るの墓」(88年)を経て、27歳のOLの心の移ろいを表情の微細な変化まで描いて表現した「おもひでぽろぽろ」(91年)で一つの極点に達した。
 「ホーホケキョとなりの山田くん」(99年)では、いしいひさいちの漫画のシンプルな描線を取り込み、余白の多い背景や淡い水彩画調の画によって、緻密に描き込むリアルではなく、伝えたいことだけを描く「引き算」の表現へと転じた。
 遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)でも、背景の美術にこの引き算が生かされたばかりでなく、主人公のかぐや姫は喜怒哀楽によってキャラクターの見せ方を大胆に変化させるなど、新しい〝攻め〟の表現があった。それは、高畑監督が「アニメーションに何ができるか」を求め続けてきたからに他ならない。
 63年に東映動画で出会い、以来55年にわたって盟友であり、ライバルだった宮崎駿監督はもともとアニメーターで、自身が描く画から生まれるキャラクターや背景が表現の基本になる。しかし自らは描かない演出家だった高畑監督は、アニメーションをもっと引いた視点から捉えていた。振り返れば「平成狸合戦ぽんぽこ」(94年)の頃から四半世紀、何度もインタビューさせてもらったが、よく監督が言っていたのは、観客が作品を見た時に、自分が主人公と一体化してハラハラドキドキする「思い入れ型」の感情移入ではなく、登場人物を他者と捉えた上でハラハラや笑いが呼び起こされる「思いやり型」の感情移入を実現させたいということだった。
 客観的に見詰める余地を作品に残しながら、どうすれば現実世界に生きる観客とつながることができるのか。引き算の表現は、観客が自分の体験から学んだ風や匂い、季節の暑さや寒さのイメージを加えることで無限の広がりを持つ。
 作り込まれたアニメーションの作品世界から解放し、観客自身に判断を委ねる自由なものにしようとした高畑監督。見る人によって味わい方が異なるその作品群は、これからも古びることなく愛され続けることだろう。そして、彼のブレない生き方は、ものを作る人間たちに亡くなってもなお刺激を与え続けるに違いない。
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 高畑勲監督は5日死去。


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