自由の国の青空に救われ 「今も“プロレスラーなう”」(Weekly LALALA 764号掲載)

ロサンゼルスで暮らす人々-vol.764

自由の国の青空に救われ 「今も“プロレスラーなう”」
柴田 勝頼|Katsuyori Shibata

ロサンゼルスで暮らす人々 プロレスラー

自由の国の青空に救われ 「今も“プロレスラーなう”」
新日本プロレスLA道場でヘッドコーチを務める柴田勝頼さん。昨年4月の試合以降、けがのためリングには上がっていない

 「カリフォルニアは気候も食べ物も合ってますね。もう自分の居場所になってるんでしょうね」と、笑顔で語る柴田勝頼さん。職業はプロレスラー。かつて同業だった父の影響もあり、高校卒業後に新日本プロレス入りした。「プロレスって自分の人生だと思ってます。米国のプロレスはキャラクターやストーリーが重視される。でも日本のプロレスではストーリーは自分の人生。生き様を投影できる。それをすごく体現していたのが自分だったと思う」。そう過去形で話すのは、リングから約1年半遠ざかっているからだ。
 昨年4月の試合後、急性硬膜下血腫を発症した。医師には助かる確率は18%と言われながらも「命拾いした」が、以降は治療とリハビリの日々。しかし「いつ試合ができなくなるかわからないから毎回全力を尽くす。けがをしたからあの試合をしなきゃ良かったとは思ってない」と、後悔はない。
 今年3月、所属する新日本プロレスがLAに道場を設立した。環境を変えたくて、「行きたい」と直訴。コーチとして4人の練習生を指導する現在、すっかりLAの空気に馴染んでいる。「来る前はやっとジムに行けるようになった状態で、人に見られたくなくてこっそり1人で練習したり。ここでは練習にすごく集中できる。天気がいいし、この広い青空が気持ちを解放してくれる。カリフォルニアの空が自分を救ってくれました」。渡米直後は悪かった体調も戻り始めている。実際に動いて道場生を指導する中で「身体のハリが戻ってきた。つい最近ですね。感触としては60%とか」と明かす。医師が治らないと言った後遺症の同名半盲も回復の兆しがある。人気選手だけに日本では悩まされた周囲の雑音も人目も、ここでは気にならない。もともと細かかった性格は「いい意味で雑に」なった。「道場が好きで丸一日いますね。落ち着きます。こっちに来たのは大正解ですね」。そう言うほど、カリフォルニアの青い空は居心地がいい。
 追い込んだ練習はまだできないが〝リハビリ〟は〝トレーニング〟になった。「徐々にリングに近づいている感触はあります。何もしないで終わるよりはそこに向けての全力を尽くしたい。日本では『無理だよ、やめなよ』とかばかりだけど、ここは自由の国だからトライできる。復帰を考えると焦りしか出てこないし、今はそれを外しちゃって、やれることをやってます。一日一日が『あ、これできた』『あ、今度はこれ』って」と話す表情には充実感がある。たまに、大好きな『あしたのジョー』と自分が重なるという。「まだ灰にはなってないですけど」と笑う。時期が決められないなら、決めない。気長にやろうと決めた。「まあ、自分は『プロレスラーなう』ですね、今も。こっちでがんばってる。リタイヤか続けるか、白か黒か色ではっきりしろと言われるなら、自分はカリフォルニアのスカイブルーですね(笑)。以上!」

「プロレスは自分の生き様を投影できる」と話すように常に全力を尽くすファイトが人気(写真提供:新日本プロレスリング)
現在はロサンゼルスにて4人の米国人練習生を指導しながら、自らもトレーニングに励む日々を送る


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