研ぎにかける一生(Weekly LALALA 760号掲載)

ロサンゼルスで暮らす人々-vol.760

番外編 in サンフランシスコ

研ぎにかける一生
ジミー・ハヤシ|Jimmy Hayashi

ロサンゼルスで暮らす人々 日本美術刀剣研磨師

研ぎにかける一生
「一流の研磨師は一生をかけて完璧な研磨を追い求めている」という日本の研ぎ師の姿勢に感銘を受け、進む道を決めたジミー・ハヤシさん。日本の文化を心から誇りに思い、アメリカでの日本刀人気を喜ぶ

 日本刀の研磨を生業とする日系三世のジミー・ハヤシさん。高校生のころ「一生かけて仕事をする」というプロの研ぎ師の姿勢に感銘を受け、将来の道を決心した。「売買は嫌いだからしない」。今でも研ぎ一本で生活する。
 和歌山生まれで、1歳半のときに祖父母のいるサンフランシスコへ両親とともに移住。祖父は刀の骨董屋を営んでおり、幼いころから「刀は必ず周りにあった」という。「刀は本当の美術品。刀匠が一生かけて作るものだから一本一本に魂が備わっている」と教わって育った。子どもながらに地元の刀剣会に入会するほどの自称「刀キチ」。刀を触りながら一生やっていければと思っていた。
 米国内には多くの日本刀が存在する。第二次世界大戦後、GHQに没収された刀剣の多くが米兵によって海を渡った。しかし日本刀の価値や扱いを知らない彼らによって、ほとんどは長年倉庫に放置されたり、軽石で磨くなどの行為によってぼろぼろに。それを見て、ジミーさんは本格的に修理できる日本の研ぎ師の必要性を感じた。「僕は刀が好きだから、だったら研ぎ師になろうって」。
 高校1年生のとき日本へ行き、日本刀剣会の佐藤寒山氏に会った。夏休みを利用して日本で研ぎの勉強をしたいと話したが、返ってきたのは「研ぎはそんなに甘いものではない」という厳しいことば。「一流の研磨師は一生をかけて完璧な研磨を追い求めている」。深く心に響いた。自分もその道に進みたいと思った。佐藤氏と高校は終えると約束を交わし、1976年に無事卒業すると迷いなく日本へ。宮形紀興氏に弟子入りした。修行は試行錯誤の繰り返しで師匠も手取り足取りは教えてはくれない。「説明するのは簡単だけど覚えない。だから身体で覚えなさいって。それの繰り返しなんですよ、修行は」。8年間修行を積んで米国へ戻ると、ジミーさんの「研ぎの道」が始まった。
 日本で本格的な修行を受け、現在アメリカで活動する研ぎ師はジミーさんのみ。「刀は一本一本を何人もが何百年と保存してきた。でも、たった1人の我流の研ぎが何百年の成果を崩してしまう。だから、本当は研ぎっていうのはプロしか触ってはいけないんです」。1本の刀ができあがるには、本物の漆を使った腰、絹を使用した巻糸、一つ一つを職人が仕上げるつばや目貫など、10人の職人が集まって初めて可能となる。いわば共同の芸術品だ。「だから、日本刀は日本の文化の技術の高さ、職人技が証明されている。それぞれが10年修行してから仕事になるんです。だから、1本の刀には合計すると100年分の修行が含まれていることになる」。近年、アメリカで高まる日本刀人気に、ジミーさんは喜びを隠さない。「日本の文化をわかってもらえるからいいと思う。僕は日本の文化は本当にすごいものだと思ってるから。日本のすごさを見ろって感じです」。今までもこれからも、師匠から教わった技術を米国で大切に継ぎながら、研ぎに一生をかける。

日本刀を研ぐには7種類ほどの砥石を段階を踏んで使用する必要がある。魂を込めて、一本一本を研ぐ
刀を見る目は鋭い。プロの手によって磨き上げられた刃は刃紋の美しさが際立つ


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