最終回 あとがき(Weekly LALALA 713号掲載)

人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで。 連載 最終回 吉田潤喜

あとがき

 「ヨシダ・グループ・フォーマルパーティー」と題して、毎月五月に催す謝恩パーティーも恒例になってきた。有り難いことに、パーティーには大勢の方が参加してくれる。私の空手の生徒でもあるキッツハーバー氏を始めとして、そうそうたるメンバーが顔を揃えてくれるのだ。
 深夜、客人たちを見送った後、ガランとした広い庭を眺めていると、いつも私は不思議な気持ちになってしまう。そして、「もしや、私の前世はアメリカ人ではなかったのか」、という思いが頭に浮かんでくるのだ。キリスト教には「前世」という概念はないから、クリスチャンとしては誤った考え方なのかもしれない。だが、そうとでも思わない限り、すべてのことが説明できないのである。
 なぜ、私は片目の視力を失ったのか。なぜ、アメリカに渡ってきたのか。なぜ、あのとき友人が交通事故で亡くなり、シアトルからポートランドに移ったのか。なぜ、空手しか知らなかった男がビジネスの世界に乗り出していったのか。なぜ、これほどまでアメリカに受け入れてもらえたのか……。考えれば考えるほど、「なぜ」は尽きない。
 気が付けば、いつのまにか還暦を過ぎてしまっていた。人の何倍も神様から与えていただいた幸運を、そろそろ社会にお返しする時期が来ているのではないかと思う。本を書こうと思い立ったのも、そう考えてのことだった。
 果たして読者諸賢に、少しでも役に立つ話はできただろうか。私の人生は「幸運」の連続で何とかなってきた。その意味では、ビジネスのハウツー本として期待していた向きには、さぞや不満が残ったことだろう。
 私は本を、日本でくすぶっている若者たちに向けて書いてきた。最後もまた、彼らに向けたエールで締めくくってみたい。
「とにかく、いっぺん、日本を脱出してみいや。脱出方法は何でもええ。留学でもええし、放浪の旅でもええ。行き先も、アメリカでのうてもかまへん。中国でも、インドでも、ケニアでも、フィンランドでもええ。途中で嫌になったら、三日で帰ってきてもええ。とにかく、いっぺん、今いる場所から離れてみようや、そしたら、絶対に何か見えてくるはずやで。オレも京都にいたときは、井の中の蛙やった。ごんだくれなことばっかりして、親に迷惑かけっぱなしやった。せやけど、アメリカに来たら、そこは日本とは違う国があった。日本では見いひん人たちが暮らしとった。その人らは、違う価値観を持っとった。こんなオレでも、ちゃんと認めてくれた。もういっぺん言うとくけど、オレは何も特別な奴やったわけではないで。ウン十年前は、オマエらとおんなじ、ただのごんだくれやったんや。せやからな、とにかく、いっぺん、日本脱出してみよや」

オレゴン州の自宅にて
吉田準輝

吉田潤喜
1949年京都市生まれ。69年渡米、ワシントン州とオレゴン州における空手を使った警察逮捕術主席師範を経てヨシダフードを設立。醤油ベースのソース「ヨシダソース」が爆発的ヒットに。現在グループ会社の会長兼CEO。2003年、インテルやAOLなどと並び、米国の優秀中小企業家賞を受賞し殿堂入りを果たすとともに、2005年のニューズウィーク日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。

このコラムは『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』(幻冬舎アウトロー文庫)から抜粋・編集しています

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