取り戻した人生の忘れ物(Weekly LALALA 794号掲載)

ロサンゼルスで暮らす人々-vol.794

取り戻した人生の忘れ物
鈴木 みりあむ   /  Miriam Suzuki

ロサンゼルスで暮らす人々  ハープ奏者

取り戻した人生の忘れ物
大人になってから本格的に演奏家に転身したハーピスト、鈴木みりあむさん。「人生は不思議で奇跡の連続。これまでハープを通してすばらしい出会いがあり、その幸運に心から感謝しています。だからこそ何歳からでも奏でられる楽器、ハープを弾きたいと思われる方たちの夢や願いを全肯定で応援。自分の経験を通して、大人ならではの効果的なハープの学び方やコツも教えています」(miriamharp.com)

 挫折は突然次の扉を開けることがある。ハープ奏者、鈴木みりあむさんの場合もそうだった。琵琶湖の湖畔で育ったみりあむさんのハープとの出会いは5歳のとき。叔母が始めたことをきっかけに家族で京都在住の先生に習い始め、ハープの美しい音色にすぐに夢中になった。ところが引っ越し先で先生が見つからず辞めざるを得なくなり、その後続けていたピアノでヘルシンキの音楽学校に学び、日本に帰国後、1983年に家族とロサンゼルスへ移った。
 子育てが終わったころ、ある挫折を経験し心から落ち込んでしまった鈴木さん。そんなとき、クリスマスシーズンに40人ほどが大小ハープを持ち寄りモールで演奏しているのを見たことを思い出した。その瞬間「人生に忘れ物をしていた」と気づいた。すぐにハープの先生を探すと、会って間もなく意気投合し、促されてその場で弾いてみると、子どものときにやった曲を弾けてしまった。その場でハープを借りて帰り、弾くことが楽しくてたまらない生活が始まった。
 しかし仕事の傍ら睡眠時間を削ってハープに没頭していたところ、数年後に腱鞘炎を発症してしまう。さまざまな治療をしたが完全に弾けない状態が1年間続いた。試行錯誤していたある日、左手薬指が原因だと気づく。「3本なら弾き続けられるかもしれない」。そう考えて新たに先生を探すと演奏フォームをすべてやり直し、徹底的に脱力を練習。1本の指が完全に使えなければ、当然レパートリーが限られ、運指の変更やアレンジの必要も出てくる。それでもあきらめずに取り組んでいると、自由に湧いてくる思いを表現できる形が自分の中から生まれてくるようになった。腱鞘炎という挫折が自らの作曲の能力に気づかせてくれ、「ほかの人にはできない自分だけのハープ」を生み出すことにつながった。
 現在は日米での演奏活動を中心に、オーディエンスと思いを共有できるコンサートを目指す。指導も行っているが、みりあむさんが教えるのは大人。「自分が大人になってから始めたので、ぶつかる壁などがわかる。その人自身が培ってきたものを活かせるよう導きたい」。ハープは大人が始める楽器に適している。初めてでも音をすぐに出すことができ、何よりもその美しい音の響きは小川のせせらぎやそよ風のように心に作用し、日々のストレスを癒してくれる。「ハープを奏でることで心をリセットでき、性格が変わる人も多い。ハープは怒りながらは弾けないから」。弾くことで〝心を深く養われる〟ことに気づいたみりあむさん。そんなハープとの出会いに感謝を込めて、これからも癒やしの音色を奏で続ける。

ハープソロアルバムのほか、箏奏者とのデュオアルバムも発売している。「LAではすてきな出会いがあり、可能性も広がる」
現在は日米で演奏活動を行っている。「新しい出会いは、いつも新しい学び。柔軟な心でチャレンジする楽しみを持ち続けたい」と話す


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