「日系のこと残したい」 使命感持ち綴りゆく(Weekly LALALA 784号掲載)

ロサンゼルスで暮らす人々-vol.784

「日系のこと残したい」
使命感持ち綴りゆく

スティーブ 鮫島 / Steve Sameshima

ロサンゼルスで暮らす人々  作家・映像プロデューサー

「日系のこと残したい」 使命感持ち綴りゆく
在米40年を超えるスティーブ鮫島さんは作家として活動する。若かりし頃は日米の橋渡しとなる活動をしてきたが、歳を重ねていくうちに日系のことを米国に残したいと思うようになった

 現在、作家として活動するスティーブ鮫島さんは、40年を超える在米中にさまざまな経歴を積み重ねてきた。渡米のきっかけは日本で勤務していたテレビ局の海外転勤。「もともとアメリカにあこがれがあった」という鮫島さんは派遣期間終了後もアメリカに残った。
 その後独立し、ダイナミック・スポーツ・ネットワークを起業した。日本のテレビ局からの依頼でボクシング、ゴルフの全米オープン、プロレス、ローズボウルなどを米国から日本へ中継していた。また、当時はMLBのフランチャイズゲームはテレビで放送されていなかったため、LAドジャースへ加入したばかりの野茂英雄投手の登板日には、日系社会のためにとラジオで実況もした。さらに「世界に相撲を広めたい」という熱い気持ちから、大相撲協会の理事長に直談判。同協会およびテレビ朝日から権利を買い、ロサンゼルスの民間チャンネルを買ってLAとシカゴで『大相撲ダイジェスト』を10年に渡って放送した。「当時は若貴全盛期で、その人気に乗っかった(笑)」と振り返る。
 学生時代はレスリング、ラグビー、野球をやっていただけに、根っからのスポーツ好き。しかしテレビ朝日の『大相撲ダイジェスト』が終わったことからLAでの放送も終了し、鮫島さんは自分の本来の目的であった「本を書く」ために出版社を設立した。「テレビの制作はそれなりに面白いが、テレビは一瞬、特にスポーツは。本は何回でも楽しめるし、形に残る」。家には本が6千冊ほどあるといい、資料を集めてボキャブラリーを増やす努力を惜しまない。
 「50歳になれば50歳の、60歳になれば60歳の感性が生まれる。本はそれを形に残そうと思って書いている」という鮫島さん。在米のメリットを生かして調査し、足で稼いだ情報には「日本とアメリカの、まだまだ人に知られていないことがたくさんある」と明かす。過去に英字出版した、江戸中期の米沢藩主で第35代米国大統領のケネディが日本人で唯一尊敬したという上杉鷹山を取り上げた『The Great Tycoon Yozan』は米国の映画プロデューサーの目に止まり、映画化の話も出ているという。しかし「ありきたりのサムライ映画にはしたくない」と、あくまでも慎重。正しい日本の姿を伝えたいという気持ちがあるからだ。
 若いときは日本をアメリカに知ってもらいたいという一心で、両国の橋渡しをするために活動していた。しかし、歳を重ねるにつれて「日系のことをアメリカに残していきたいと思うようになった」と自身の変化について語る。積み重ねてきた経験、自分の足で得てきた多くの知識は、今後も本に綴り続け後世の財産として残していく。

ダイナミック・スポーツ・ネットワーク
渡米後に起業したダイナミック・スポーツ・ネットワークでは、LAドジャースの野茂英雄投手の試合を米国の日系社会のためにラジオ中継
天皇を救った男
日系社会の戦前から戦後の東京裁判までのことを書き、帰米二世兵士、伊丹明の生涯を描いた『天皇を救った男』は10年かけてリサーチ、執筆した。日米戦争に従事した日系兵は今日、100歳を超える方がほとんどのため、鮫島さんのこの著書は後世にとって貴重な財産


Weekly LALALA ホームに戻る